第8章 8
日が暮れるとモデルのお手伝いは一旦お開きになった。
そして「もう少し残る」と言ったフィンセントさんを置いて
私とテオさんはお屋敷に戻ってきた。
「私…ちゃんとお役に立てましたか?」
横を歩くテオさんに尋ねる。
お手伝いと言っても、私は座っているだけだったんだけど…
テオ「ん?あぁ、上出来だ。兄さんも喜んでいた。絵が完成するまでにはもう少しかかるから予定を空けておけよ。」
珍しくテオさんに褒められる。
「本当ですか?良かったぁ…少し不安だったんです。」
テオ「不安?何故だ。」
「だって…ちゃんとしたモデルなんて初めてでしたから。
私で良いのかなぁなんて思っちゃいました」
テオ「なんだ?俺が推薦してやったのに不満か?」
「そういうことじゃないです!でも、どうして私だったんですか?お屋敷に居る女性が私しか居ないから…?」
疑問を口にする。
テオ「それは関係無い。モデルなんて屋敷の外を探せばいくらでも居る。
けれど俺はお前以外に適任は居ないと思った。お前は兄さんの絵の雰囲気に合っているからな。」
「雰囲気に…?」
テオ「ああ。兄さんの描く絵は繊細なんだ。日常を描くこともあるが、誰かの肖像画を描くとなると兄さんの絵の雰囲気に合う繊細で美しい女を探すのは骨が折れる。駄け…あいつが居た頃はモデルを頼んだりもしていたが…」
テオさんの表情が曇る。
あいつ、とはアーサーの…
本当に私の見知らぬ彼女はここの人達に愛されていたのね。
「そう…ですか。私もお会いしてみたかったです。」
テオ「…お前には感謝している。
あいつが居なくなってからアーサーは碌に食材も摂らず…本当に消えてしまうのではないかと思っていた。
お前が来てくれて良かった。…アーサーを頼む。」
テオさんとアーサーは親友だと聞いた。
そんな親友の痛々しい姿を見続けてきたテオさんはどれ程辛かっただろう。
テオさんもきっと辛かったはずなのに。
「私に出来ることは血を分けるくらいですが…アーサーが飢えてしまわないように頑張ります!」
我ながらおかしな宣言をしていると思う。
テオ「ふっ…なんだそれは。あぁ、まあお前はそういう奴だよな。」
テオさんが微笑む。
こんなに優しく微笑む顔は初めて見た。
最初は怖かったけど、本当は優しい人なんだ。