第1章 手紙
分かったと頷き、目の前の男の人に手を伸ばそうとすると、本人にそれを拒絶するように手を叩かれた。
「触りなさんな……」
その一言は氷の様に冷たかった。
背中に恐怖という二文字がゾクリと伝う。
「あ、いや……血が付いてしまうき」
『え、でも』
男の人は"なんちゃあない"と柔らかく言うと、背を向けた。が、その時その人がガクンと膝を落とし前屈みに踞った。
『やっぱり、傷が!!』
「おい、あんた。陸奥守の旦那に何をした。怪我人だぞ」
『……!!』
咄嗟に膝をついた男の人にもう一度手を伸ばそうとすると、一瞬にして目の前にキラリと光る刀が向けられた。
突然の事で私は小さく悲鳴を上げ、後ろに尻餅をついてしまった。
刀を向けてきた主は白衣を着た短パンの少年。その目は怒りに満ちている。
すると、こんのすけがそれから護るように目の前に立ちはだかった。
「薬研殿、それは勘違いで御座います。主様は陸奥守殿の手入れをしようとしたまでで御座います!」
「そうじゃ薬研。主はわしに、何もしちょらん。わしが勝手に…躓いただけやき。刀を鞘に収めい」
「………」
薬研は渋々といった様子で刀を鞘に収めてくれた。しかし、目は鋭いままだ。敵意が剥き出しなのが丸分かりな位。
それもその筈。此処の本丸では傷付いてもろくに手入れをされず、出陣や夜伽を強いられていたと聞いた。
それがどれ程辛く、苦しいことだろう。
前の審神者は何も感じなかったのだろうか。
彼らを見ても。
「主様……?」
暫くの間、地面に座ったまま黙っていたからだろう。こんのすけに心配そうに声を掛けられた。
私はそれに大丈夫だと言う代わりに微笑むと、膝をつき頭を下げた。
こんのすけが、はっ…と息を飲むのが聞こえる。
『陸奥守さん。どうか、その傷を私に治させて下さい』
この場を治め、尚且つ陸奥守さんの手入れをする方法。
先程無理に治そうとした詫びも込め、私は深く頭を下げた。