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紅茶とひまわりのクランケ【銀英伝】

第1章 仕事終わりには香る茶葉を


紅茶は、その名の通り紅く透き通っている。紅茶が日本に伝わった時、その名を巷に広めたのが貿易商なのか役人なのかは知らないが、琥珀の涙を集めたようなそれに魅了されての命名に違いない。
ところが、紅茶は英語でblack teaという。これはきっと、茶葉の色が黒であるから。淹れる前の茶葉は、紅茶の原点。そこに目をつけたのは輸出国ならではだ。…

そんなことを考えながら、ミアは慣れた手つきで紅茶を淹れていた。
「どちらも色に着眼して名付けているのに、全く違う色になるとはね。紅茶の茶葉の方は、どちらが本望なのかしら」
ミアは、自分のロマンチスト的な表現に苦笑しながら、仕事終わりの一杯にわずかな癒しを求めた。

ミア・ロッダは、企業法務を主とした数々の業務をおこなう、ローエングラム法律事務所のアソシエイト弁護士である。ローエングラムは知る人ぞ知る大手法律事務所であり、フェザーン法律事務所と並んで弁護士界を牛耳る存在だ。
彼女はサンスーシー大学ロースクール卒業生という学歴と申し分ない過去の実績を兼ね備えていたために、数年前にフェザーンから引き抜かれたのだが、彼女を圧倒する優秀な弁護士が多く在籍していた。まわりの優秀さに劣等感を抱きつつも、彼女は確実にボスの要求に応え続けてきた。
だが、毎日の激務は、感情を殺したオートメーション的作業の連続。法曹界を志した青い日の感情は、そんな日々の中で確実に色褪せていっている。
ミアにとって紅茶は、身体にのしかかる重圧から一時的に解放してくれる唯一の手段だ。お湯を沸かし、紅茶の茶葉から一滴、一滴と、丁寧に淹れて、芳醇な香りに満たされる、至福の時。これなしには、毎日が終わらない。

しかし今日ばかりは、紅茶に口をつけても、ミアの脳をごまかすことのできない案件を抱えていた。
「やれやれ、ボスも厄介なクライアントを持ったものだな…」
ミアは、ローエングラムに移籍して以来の、重大な仕事を任された。
その話を彼女の直属の上司から聞かされたのは、つい数時間前のことである。
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