【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第5章 叶わなくても
最も古くて鮮明な記憶は、クシャクシャになったお札が一枚と、汚れたコインが一枚。
私の頭上で受け渡され、誰かと繋いでいた手を離された。
そして雨の中、傘もささずに去っていく女の人。
どんどん小さくなっていく、長い黒髪を濡らした後ろ姿。
その人がどんな顔をしていたのか、思い出せない。
あれが私の母だったのだろうか。
雨に濡れながら立ち尽くしていると、ゴツゴツとした大きな手に背中を押され、うす暗い部屋に押し込められた。
机もベッドもない、いくつかの毛布が転がっているだけの殺風景な部屋。
そこには私と同じくらいの女の子がひしめき合っていた。
ある子はぼんやりとした目で私を見つめ、ある子は突然私の髪を掴んで床に突き飛ばし、頬や身体を叩いた。
夜になると近くに寝ていたひときわ身体の小さな子が、私に自分の毛布を分けてくれた。
時折大人がやってきて私たちをぐるりと見回しては指さし、私を部屋に押し込めた男の人と何やら話をしていた。
そうして呼ばれた子は一人、また一人と部屋を出て行った。
私も何度か指をさされたけれど、何日経っても名前を呼ばれることは無かった。
「みんな、どこに行くのかなぁ?」
ここがどこかも知らないまま、私は毛布を分けてくれた女の子に訊いた。