【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第3章 美しい人
ふと、人の気配がしたような気がして歌うのをやめた。
まさかこんな真夜中に、しかもこの寒さの中、廃墟と化したビルに人が来るわけがない。
そう思いつつも気になって立ち上がり、給水タンクから背後を覗き込んで、息が止まりそうになった。
階段のすぐ側に男の人が仰向けに倒れている。
すぐさま駆け寄るけれど、目を開ける様子が無い。
顔は青白く、唇には色が無い。
屈み込んでジャケットの前を開き、心臓に耳を当てた。
良かった、まだ動いてる。
「起きて・・・!ここで眠ったら死んで・・・」
言いかけながらその人の顔を覗き込んで、ハッとした。
この人・・・図書館で本を取ってくれた人に似ている。
瞳は閉じられていて、服装もあの時とは全然違うけれど、白い雪に照らされた綺麗な金色の髪は、まさにあの時に見たものだった。
驚いたのはそれだけでは無かった。
ジャケットの下の白いシャツのあちこちに血が滲んでいる。
その人の影になっていてすぐには気づかなかったが、傍らには拳銃が転がっていた。
何があったかは知らないが、穏やかでないことだけは確かだった。
そして、思わず息を飲んだ。
閉じられた目を縁どる長い金色のまつ毛の下、涙の筋が凍り付いて跡になっている。
「泣いていたの?」
どうして?
こんなに傷だらけになって、凍える寒さの中、ひとりで泣いている。
「お願い、死なないで」
何があったかなんて知らない、でも。
この人を助けなければ。
そう、強く思った。