【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第2章 Requiem
昨晩銃撃戦の末に死にかけたことが、嘘のように平和な光景だった。
妙に穏やかな気分になるのは、目の前の少女がどこまでも自然体だからなのかも知れない。
俺が知ってる女はたいてい、俺を支配しようとするか、媚びてくるかのどちらかしかいなかったけれど、リサはそのどちらでもなかった。
「・・・あんたって変わってるな。俺が何者かも聞いてこようとしないし」
「私が変わった人間じゃなかったら、あなたは今頃逮捕されてるか、天に召されてると思う」
まだ凹んでいるのかリサは正論のような、そうでないようなことを言いながら、うつむき気味でサラダの海藻をつついている。
その姿がなんだか可笑しくて、同時に少し可哀想にもなり、フォークを置いて右手を差し出した。
「アッシュ」
リサが右手に気づいて顔を上げた。
「Ash(灰)?」
少し怪訝な顔をして見つめてくる。
「俺の名前。よろしく同級生」
そう言うとリサの顔がパッと明るくなった。
「よろしく、アッシュ」
ロボットのようにぎこちなく、白い両手を差し出された。
あまりのぎこちなさに戸惑いながら握ると、大切なものを触るようにそっと握り返された。
まるで、これまで一度も握手をしたことがないかのようだった。
・・・本当は名乗るつもりなんか無かったんだ。
もう二度と会うこともないはずだった。
だからこの時は思いもしなかった。
この二人とこの先も付き合っていくことになるなんて。