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物語にならない物語

第3章 いつかまた


「僕は日本中を回って、怪異を調べているんだ。妖怪変化のオーソリティと言ったところかな。……心配することはない。君の『それ』は怪異じゃない。そうだな。少し君は繊細すぎるんだろう。『自分は耳が良く聞こえる』という自己暗示にかかっている上に、実際、君は他人の話の聞き上手ってわけだ」
 彼は何かを思い出したような、遠い目をして「こういうことはむしろ貝木のテリトリーかもしれないな。あいつに渡すわけにはいかないが」と呟いた。
 ひょいと彼は私に近づいて、私の額にかすめるようなキスをした。
「ほら。もう君は自分で自分をコントロールできる。聞きたくないことを聞かずに済むために、いちいち、廃ビルへ逃げこむ必要はない」
「何をしたんですか!?」
 私は彼から飛び退いて叫んだ。
 近づいた顔が予想以上にハンサムだったことと、唇が柔らかかったことに、自分が耳まで赤くなっているのが分かる。
「何もしてないよ。力を貸しただけ。後は、君が一人で勝手に助かるんだ」
 そして、彼は私の肩をトンッと叩いた。
「親御さんが心配する。今日はもう帰ったほうがいい」
 その言葉には逆らえない強さがあった。
「また、来ていいですか?」
 私の問いに彼は「おやおや」と言いたげな表情になった。
「ここに来たがる変わり者は一人だけだと思ったんだが、好きにするといい」
 そして、私は「さようなら」と呟いた。彼は微笑んだだけで何も言わなかった。

 彼の言葉通り、帰り道、私の耳には何も『風の噂』は届かなかった。ただずっと忍野さんのキスを思い出していた。
 もう二度と、『風の噂』に悩まされることはないと、不思議なほど、確信していた。
 好きにしていいと言ったのだし、また会えるかな? 明日もあのビルへ行ってみよう。
 そして、私は翌日もビルを訪ねて、彼のとらえどころのない微笑みと出会うことになる。
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