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物語にならない物語

第2章 出会い


 ある日、ふらりと廃ビルへ入ったら、サイケデリックなアロハシャツに、ぼさぼさ髪の中年男性が、火の点いていないタバコをくわえて立っていたので驚いた。その足元に金髪の少女が座っていたので、二人がどういう関係かも疑った。
 ただ、少女をさらって来て、廃ビルに連れこんだ怪しい中年男性には、彼は見えなかった。彼は私を見ても、ちっとも驚いた様子は見せず、堂々と、それはもうあっけらかんとしていた。そして、一方の少女は無言でうずくまっていて、生気というものがほとんど感じられなくて、とてもさらわれて、助けを求めているようには見えなかった。むしろ、男性が少女を保護しているように、私には見えた。
「えっと……どちら様ですか?」
「やあ、こんにちは」
 二人の言葉がかぶった。私は少したじろいだ後、さすがに、いきなり誰だと尋ねたのは、失礼だったと感じた。相手は年上。先住にして安住の地を奪われた気分だったから、つい問いかけてしまったけれど、そもそも私はこのビルの不法侵入者だ。彼がこのビルのオーナーの関係者だということも充分にあり得るわけで、その場合、放り出されるのは私のほうだろう。
 改めて、深く頭を下げた。
「こんにちは。初めまして。神月風音と言います。お邪魔します」
「お行儀のいいお嬢さんだね。初めまして。僕は忍野メメ。僕に遠慮することはないよ。このビルは僕の持ち物じゃないしね。ちょっと借りてるだけだ。そういう意味では僕達は同じ立場かな?」
 少し迷ったが、正直にうなずいた。
「……そうなります」
 少し瞳をすがめて私を眺めた忍野さんは、ドキリとすることを言った。
「ちょっと耳がいいようだね、お嬢さん。良く聞こえるのがつらいかい?」
「なっ……!?」
 私は自分が『風の噂が届きやすい』体質であることを、誰にも、家族や友人にも、話したことはなかった。それを彼は一目で見抜いた。
「なんで、そんなことが分かるんですか!?」
「随分と元気いいねえ。何かいいことでもあったのかい?」
「いいことなんて何もありませんっ!」
 私の返答に爽やかに彼は笑った。
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