第7章 時々おかしい刀剣男士(髭切)
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そろそろ離して欲しい、そういう気持ちを込めて髭切を見つめると、不意に彼の口元が弧を描く。
途端に何故か嫌な予感がして身体を引こうとするけれど、より一層強い力で私の腕を引き、そのまま彼に腕を取られた。
突然のことに呆気にとられていると、彼は私の目を見つめながら、そっと傷口に舌を這わせた。
ピリッとした感覚とともに、彼の生暖かい体温が伝わってくる。
何度も何度も、髭切は飽きることなく舌を這わせ続けてきた。
その様子はとても妖艶で、舌を這わせるたびに私の体はビクつく。
薄められた彼の瞳に、私は果たしてどのように映っているのだろう。
「...嗚呼、甘い。」
「...、え?」
「主の血は甘いんだね。やっぱり特別だからかな?」
舐められた箇所は次第に冷たくなる。
髭切は微笑みながら、私の手に包まれていた湯飲みの破片をそっと取り上げて、荒々しく背後に投げた。
パリンと小さく音がなるのも気にせずに、彼はより一層身体を寄せてくる。
その瞳は興味しかなく、それ以外にのものはまるで感じない。
雰囲気もいつもとは違う。
どう違うかはよくわからないけれど、明らかに異なっているのは彼の荒い吐息だけ。
そっと私の頰を撫でる彼の手は、やけに熱い。
「ねぇ、主。主の血が甘いなら、他も甘いと思わないかい?」
「...な、にを、」
「ほら、例えば、涙とか、唾液とか...。血が甘いなら、他も甘いって考えるのは妥当じゃないかな。」
「そんな、」
彼を止めようにも、私の口元に這う指は止まらない。
その手はとても優しいはずなのに、その笑みは穏やかなはずなのに、何かが違う。
彼の興味が、私にとっては恐怖でしかない。
「嫌だったら言ってね。...まぁ、僕がやめられたらの話だけど。」
「ぁ、」
逃げられないと悟るには、あまりにも遅すぎたのかもしれない。
今更逃げるなんて選択肢は、彼の好奇心によってかき消されてしまう。
静かに重ねられる唇は、とても熱くて、柔らかい。
生暖かくて、気持ちが悪い。
嗚呼、夜が明けるのと、彼の好奇心が治るのは、果たしてどちらが先なのだろうか。
そんなの私に知るよしもないのだが。
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(完)
このシリーズ、続けたいですねぇ。