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「ま遠くの」「又あふと」

第1章 武士とは


「何考えてやがる」
不意に声をかけられ振り向くと、煙管を吹かした晋助が隣に立っていた。
「地球を出て4ヶ月近く経つからなぁ、残した女の事でも思い出してたか」
「…晋助」
「俺が気づかねぇとでも思ったか。近頃のお前見てりゃ分かるぜ」
「そうでござるか。それは…面目ない。しかし晋助、それを言うならお主も」
言いかけた言葉は、吐き出された紫煙に遮られた。
「男ってのはバカだからなぁ。てめぇの信念の為に命かけて戦うったって、所詮は遊びに夢中で言う事聞かねぇガキと同じさね」
漂う紫煙の向こうで、晋助は少し笑ったように見えた。
「信念の為には、死ぬ事しか出来ねぇが、惚れた女の為なら死ぬ事も生きる事も…何よりちゃんと帰る事が出来る。単純なモンだ」
やはり、この男は変わった。いや、それは拙者もか。
「遊んでばかりの子供も、恋を知って、少しは大人になったという事でござるか」
「まぁ、ひとかわ剥けたって事だろ」
「…拙者は数えきれないくらいの者を斬ってきた。その者達にも、帰りたいという思いがあったであろう。だが、戦いの前にそんな甘い事は言えないでごさる。故に今も晋助、お前の為にこの命をかけようという思いは変わっていないでござる。ただ…」
「ただ、なんだ?」
「さっきお主が言ったように『生きて帰る為に戦う』という思いが芽生えたのは事実でごさるな。それに、江戸を立つ前の晩に、言われたでござる。『命をかけるような事があったら、拙者の命と一緒に私の命もかけろ』とな。そんな事言われたら、帰らないわけにはいかないでござろう」
「ククッ…そりゃあ随分たいした女だな」
「…晋助」
「何だ」
「遊びに夢中で帰るのが遅れた子供は、何と言って帰れば良いでごさるか?」
「あ?そんなモン、黙って抱いてやりぁいい。俺らみてぇなの待つ酔狂な女は、つまんねーグチ言わねぇよ」
「そうか。それはずいぶん…」
後に続く言葉を探していたら、船の下に江戸の明かりが見えた。月が見え隠れする夜空の下に、鮮やかなネオンと、土の匂い。
「さて万斉、逢い引きと洒落込もーや。お誂え向きに今夜は良い月夜だぜ。なんだかんだ言ったって、汚え面した天人と斬り合うより、好きな女とナニしてる方が良いに決まってるからなぁ」
そう言って、来島に見送られる晋助に続き、久々の江戸の土を踏んだ。
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