第16章 世間は狭い
「たしか紅郎さんの奥さんは美容師だったか?」
「あぁ、よく覚えてたな」
「そりゃあ、紅郎さんのことだからな! 紅郎さんが見初めるくらいだからきっと良い人なんだろうな!」
「俺には勿体なさすぎる出来た嫁さんだよ。家のこともよくやりながら、仕事もやってるしよ」
「ほぉ? 紅郎さんは奥さんにぞっこんとみた」
三毛縞とつまみを作りつつ、食べつつ飲みつつ話しているが話題はなんだかんだと互いの嫁さんの話だった。
「うちの花音さんだって、俺がいない間家のことをしっかり守っているんだぞー。いつも仕事に篭もっていても必ず家事は済ませて、軽食は作って冷蔵庫に入れてくれているしな」
「ほぉ…こまめだな。それならお前が帰ってきたのにも気づくと思うんだが?」
「一時期俺もそう思ってたんだ、初めて反応してくれなかった時は家中探し回って書斎の机の下で寝落ちしていたのを見つけた時は焦ったな」
「なんつーとこで寝落ちしてんだ…」
「あの時は翻訳の締切が立て続けで、ようやく全部終わらせたと思った瞬間に力が抜けたそうだ。大事がなくてよかった、よかった」
三毛縞は笑っているが、いや、大事がなくてよかったのはたしかなんだが、俺はきっとあやが倒れてしまったのを見かけたら動けなくなる気がする。どうしたらいいのかわからなくて動揺もしそうだ。
「笑えねぇこと言うな」
「おっと…これはすまない…」
「うちのは他の女と違って華奢だからよ、今が元気でもなんかあったら怖いんだよ」
「それはうちの花音さんも一緒だぞ。ただでさえ、家の中にほぼいるとなると尚更」
三毛縞が珍しく真面目な顔をするものだから、こいつなりに嫁さんのことを大事にしているというのはわかった。
「じゃあ、オフの日くらい一緒にいる時間増やしてやれよ。それだけでも喜ぶと思うぞ」
「そうか?」
「そういうもんだ。案外まだ知らない一面も見られるだろうしな」
「知らない一面か…たしかにそうだなぁ…紅郎さんは何かあるのか?」
「俺か? そうだなぁ…結構これまで出てたテレビやライブも見てたこととか、あとは…」
指折り数えながら、話していると三毛縞は何故か呆けた表情をしていた。