第1章 見せかけの飴細工は溶けてなくなる
蛇口をキュッと止めながら、藤真はジッと私の目を見据える。試合の時と同じような闘争心を含んだ目。他の人より色素の薄い藤真の目は、私の邪な気持ちまで見透かしてしまいそうで、心臓がドクドクと鳴り始める。
この聡い後輩は、どこまで分かっているのだろう。
「……そういう事は、本当にかっこいいと思ってる奴に言ったほうがいい。俺を逃げ道に使うのは、別にいいんだけど」
それだけ言うと、藤真は首から下げたタオルで頭を拭きながら体育館へと戻っていった。
三年間の私の気持ちなんて、藤真にはとっくにバレていたんだ――――。
私はキャプテン――――斉藤くんのことが好きだ。でも斉藤くんには入学当初から付き合っている彼女がいて。だからずっと苦しくて苦しくて。どうしようもなくなっている時に現れてくれたのが藤真だった。
スーパールーキーとして入部してきた藤真は、その華やかなルックスとカリスマ性を持って、あっという間に翔陽バスケ部のスターへと成長した。女子からの人気も高くて、私は卑怯にもその人気に便乗させてもらうことにしたのだ。
藤真にキャーキャー言っていれば、斉藤くんもみんなも笑ってくれる。「月丘はホント藤真好きだよなー」なんて。藤真もそんなの慣れっこだからいつも適当に合わせてくれていた。
――――――楽だったんだ。
自分の気持ちに向き合わずに済んで、斉藤くんへの気持ちを隠すのにも、藤真がいてくれるから私はぬるま湯に浸かっていられた。けれど、藤真からすればやはり不愉快だったのだろう。浮ついた気持ちで嘘ばかり並べた好意の言葉は、藤真には通じなかったのだ。
「今日、藤真機嫌悪いよなぁ」
「あ、お前も思った?俺も思ったわ。見学の女子増えすぎて苛ついてんのかもな」
「今更だろ、そんなの」
後ろで高野と永野の会話がふと聞こえる。機嫌が悪かった…から、私の態度にも苛ついたのかな。
――――明日からどうしよう。
バスケ部マネージャーとして、部活には毎日絶対参加だ。斉藤くんにも、もちろん藤真にも毎日顔を合わせなきゃならない。思わず大きな溜め息が漏れる。
斉藤くんに気持ちを告げる覚悟も、藤真に謝る決心もつかない。そんな中途半端な宙ぶらりんの気持ちのまま、私はインターハイ全国大会に臨むことになった。