第6章 雨水は甘い蜜
ツ……と、こめかみから流れ落ちた水滴を藤真の親指がソッと拭う。さっき雨に当たった時、予想以上に髪が濡れてしまったようだった。
「…冷たいな」
「………うん」
藤真の熱を帯びた瞳とは裏腹に、濡れた服は体温を徐々に奪っていって。それでも顔に集まった熱だけはどうしても引いてくれない。絶対に赤くなっているであろう頬を藤真に見られているこの状況が恥ずかしくてどうしようもなくて、胸の鼓動は早くなっていく。
「……あー…嫌、だった、よな」
ふいに顔を苦くして笑った藤真は、その美しい眉間に皺を寄せながら問い掛けてくる。嫌だったって……キスが?
そんなわけ、ない。
「もう一回とか、調子乗ってごめん。先輩の嫌がることはしないから」
「藤真……」
水滴を拭ったその手は私の頬に当てられて。藤真の冷たくなった手が私の熱を吸い取ってくれるようだった。
「……なんか色々と限界で、俺。嫌だったなら謝る、ごめん」
「………ううん」
嫌なわけないって伝えたいんだけど、わざとこれを言うために遅く走ったのかな、とか。藤真はもしかして入部してからずっと私を想っててくれたのかな、とか。藤真の抱えている様々なものを考え始めたら胸が急にドシリと重くなって。上手く言葉が出てこない。まるであの日の体育館の時みたいに。
「…俺の気のせいじゃないなら、少しは意識してくれてんのかな」
―――――意識どころか、もうあんたのこと好きなんですけど。
相変わらずこんな場面でも自信たっぷりな藤真に、正直に気持ちを告白するのも癪だった。我ながら意地を張りすぎだとは思う。これを逃したら自分から告白する勇気なんてないくせに。
「……なあ、俺のこと好き?」
「はっ!!??」
濡れて鬱陶しそうに分けていた藤真の前髪が、ハラリとまた額に落ちてくる。壮絶な色気を含んだ言葉と共に。
「…そんな顔されるとは思ってなかったな。脈ありってことで、いいか?」
「えっ…待っ……」
そんな言葉を言うや否やまた唇を重ねられて。今度は互いの感触を確かめるような啄むキス。部活の練習中にこんな事をしているという事実に、少なからず背徳的な快感が生まれてくる。
「……はあ。俺これからまた走るんだぜ。あんまり興奮させんなよ」
「な、藤真が……!勝手に…!」
「…返事はまた明日聞かせてくれ」