第1章 素直じゃない【安室透】
ピンポーン
彼女と過ごす予定が流れてしまったのは惜しいが、元はと言えば自分の体調管理が悪いのが原因だ。仕方が無い。
ピンポーン
ピンポーン
珍しく感傷的なのは風邪のせいか、フラフラと覚束無い足でキッチンに向かいながら自嘲の笑みを浮かべる。
ピンポーン
ピンピピンポーピンポーン
ピピピンポーピンポピピンポピピピピンポーン
「……ッ、いい加減にしてくれないか!」
「あ、やっと出た」
1つの音が鳴り止む前に、前に、と押されるチャイムの襲撃。痛む頭にはどうにも耐えようがなくとうとう扉を開け八つ当たりの気持ちも込めて睨みをきかせた。先ほどの不機嫌そうな顔は何処へやら、目の前の女はニッコリと人好きのする笑顔を浮かべる。「せっかく来たんだからあげてくださいよ。安室さんだって安眠妨害はされたくありませんよね?」なんて言うからには、部屋にあげなければ先ほどのピンポン地獄が繰り返されるに違いない。僕は今日何度目かのため息を吐き出しながら彼女を部屋の中に招き入れた。
「最初から素直に通せばいいんですよ」
「……さぁ?素直じゃないのは、どちらでしょうね?」
得意気な顔で家に上がった彼女に思わず本音を零すと後ろの方からじとりと睨む視線を感じた。聞かせるつもりのなかったセリフにしっかりと反応されてしまい首を竦める。さんを部屋に通しながら、何か飲まれますか?なんてポアロの調子で話しかければ彼女は眉を潜めた。今日はいつも以上に機嫌が悪い様だが、それは散々待たせた挙句迎えに来させてしまったせいか、それとも……、
「病人は大人しく寝てたらどうですか?」
「ゴホッ、はいはい」
「何ニヤニヤしてるんですか気持ち悪」
「ははは、コホッゲホッ、」
笑った拍子に咳き込むと、さんはすかさず背中に手を添えてきた。調子に乗るからですよとか、安室さんをダウンさせるなんてよっぽどタチの悪い風邪菌なんですねとか…、よくもまぁ病人相手にそこまで悪態をつけるものだと感心するほどだったが、それでも背中に回った心地よい小さな手が離れることはなかった。
-本当に、素直じゃないのはどちらなんだか。
今度は声に出さず、ただ重く怠い体を少しだけ彼女の方へと傾けた。