第9章 青い霧
20分程経った頃、私の体に異変が起きた。
突然心拍数が上がり、全身に熱がこもり始めた。
呼吸も荒くなっている。
先程飲み込んでしまった物の影響だということは容易に判断出来た。
そのときウィリアムにされた激しいキスを思い出し、下腹部に違和感を覚えた。
「ようやく効いてきましたね」
ウィリアムはそう言うと、私の前にしゃがみ、親指で私の唇を撫でた。
少し触れられただけなのに、全身に電撃が走ったように感じた。
--もっと触れられたい。
そんなはずがないのに、目の前のウィリアムをどこかで欲している自分がいた。
「どうかしましたか?」
そう言う彼の表情は、どことなく楽しげだった。
「暑い……」
思わず声に出してしまった。
「暑いですか」
「……はい」
「それだけですか?」
「……もっと」
「はい?」
「もっと……近くに……」
私の頭の中に、ロナルドの姿が現れた。
彼の事を思い出し、また涙が出てきてしまう。
「何を想って涙を流しているのです?」
「……何でも、ありません」
何故か私自身を誤魔化している自分がいた。
そんな私の頰に伝った涙を、ウィリアムが指で拭い取った。
「貴方が想っている人物は、今この場にはいません」
「……誰が」
「今、貴方の目の前にいるのは誰ですか?」
「……スピアーズ……さん」
ウィリアムが優しい手つきで私の顎を持ち上げて言った。
「ウィルと呼んで下さい」
止まらない涙で歪んだ視界の先に見える彼から、目が離せなかった。
「……ウィル」
本来の意思に反して、体がウィリアムを求めていた。
「私に、どうして欲しいのですか」
この感覚を言語化するのは、私には無理だった。
ただ。
「……もっと私に」
「貴方に?」
「……私に、触れて下さい」
ただ、そうして欲しかった。
理由は自分ではわからないが、それが出た言葉だった。
「わかりました。しかしその前に、私に貴方のことを教えて頂けますね?」
私は頷くしかなかった。
私の頭の中にいたロナルドが、白い霧のように消えた。