第10章 別れの曲
松岡さんは俺が生まれる前から、家のピアノを調律してくれてた人で、両親の古くからの友人でもある。
俺は、その松岡さんが調律する作業を、いつも傍で見させて貰ってた。
松岡さんは俺の前まで歩いてくると、俺の二の腕をぐっと掴んだ。
「お前、こんなとこで何してんだよ!
皆、どれだけ心配してると思ってんだ!」
「誰も心配なんか…」
「してないとでも思ってるのか?
何も言わずに急に消えたんだぞ?
心配しないわけないだろ!
特にお袋さんなんて、見ていられないほどだったんだからな」
「そんなはずない…あの人には修さえ居れば良かったんだから…」
修の前でしか、あの人は笑わなかった…
「やっぱりそう思ってたのか…
お袋さんも『私が翔を追い詰めた』って憔悴仕切ってた…
『翔は小さい頃から文句ひとつ言わずに、ひたすら練習する子だったから、本当にピアノが好きなんだって思ってた。それにあの子には才能がある。修は小さなコンクール止まりだけど、翔はそんな所じゃ止まらない、その先を目指せる。だったら世界に通用するようなピアニストに育てたい…そう思って厳しく指導しすぎた』って泣きながら話してたよ」
そんな…母さんがそんなこと言うなんて…
俺のことを思って泣くなんて…
「う、そだ…」
松岡さんが静かに首を横に振った。
「本当だよ…親父さんもお袋さんの思いを知っていた。だから口出ししなかったって。
ふたりとも、我慢強いお前に甘えてしまって
お前の気持ちを顧みることをしてやれなかったって、すげぇ反省してたぞ」
「そんなことっ…今更言われたって信じられないよっ!」
俺に厳しく接する姿しか思い出せないのに、どうしてそんなこと信じられるんだ。