第10章 Infatuate
仕方なく轟くんの体温を感じながらノートを眺めた。
メモを取ろうと思ったけれど利き手を塞がれてるからそれは叶わなくて。
またまた仕方なく、轟くんの言葉を復唱して頭に入れることにした。
時々、何故とかこうじゃないのかとか問いかけると轟くんは嫌な顔ひとつせず真剣に教えてくれた。
ノートが取れない分、私も聞き落とさないよう真剣に彼の言葉を聞いた。
「次この問題できるか。綿世ならすぐ解けるだろ」
「やってみるから、手を…」
「…そうだな」
「忘れてたでしょ」
「忘れてねぇ」
やがて手が離され、問題集から似たような問題を出してもらう。今度はちゃんとシャーペンを握って机に向かった。
まだ轟くんの手の温もりと感触が残っていて、シャーペンを握る手にどこかぎこちなさを覚える。
力が入らないような、持ち方が違うような…。
その感覚も長くは続かなかったけれど。
互いに何問か解いたところで轟くんはノートを閉じた。
「そろそろ休憩だな」
「もうそんなに経ったのかぁ。あっという間だね」
携帯の画面を見るともう三時前だ。
冷めたお茶を飲み干してひと息ついた。
「教えてくれてありがとね。おかげで凄く捗った!」
「ならよかった。俺も綿世と林間合宿、行きたいからな」
「一緒に行こうね!実技もあるからお互い頑張ろっ」
カレー作りに綺麗な夜空。それから皆で枕投げ。
思い浮かべて笑みを零すと、轟くんも頷いてほんのり微笑んだように見えた。
「失礼ー、ちょっといい?」
半開きの襖を開けて冬美さんがやってきた。片手に持ったお盆にはお皿とフォーク、それから急須が乗せられている。
もう片方の手にはケーキの箱。
冬美さんはそれらを机に置き、慣れた手つきで並べた。
「ケーキどれにする?」
「私はケーキよく食べるから余ったのでいいです。どれもオススメですよ」
「そう?じゃあ私これにしようかなー焦凍は、」
「これ」
冬美さんはチョコレートケーキ、轟くんは苺のロールケーキを選んだ。桃色に色づく生地と可愛らしい苺が轟くんには不似合いな気がしてそれが何だか可愛く思えた。
意外だと顔に書いた冬美さん。しかしそれもすぐに引っ込めて私にどれにするか再び問いかけた。
私はショートケーキを選んでつやつやした苺に微笑んだ。
それから冬美さんも混じえて三人で机を囲み手を合わせた。