第9章 光と影、そして闇
光があれば、影もある────そう、それはこの場所でも。
同じ場所で体育祭が開催されているとは思えないほど、暗い場所。
観客やメディアが熱狂するその温度すらも届かない場所で、スタジアムの様子をじっくり観察する者がいた。
柱に寄りかかり、腕を組んでいる。
涼しげな表情をしているが、何を考えているのだろう。
濁った瞳は、何を映すのか。
緩く描いた口元の弧は、やけに綺麗で不気味だった。
氷点下。
彼女の纏う空気はまさにそれで、熱気が届かないどころか、寒ささえ感じられる。
「もしもし、今見てる?」
笑っているはずなのに、そこから出した声も冷たく、聞く者がいればゾッとしていたことだろう。
もっとも、誰も聞いていないことを踏まえて、そんな声を出していたのだが。
『──────』
「見た方がいいよ。今はトーナメントなんだけどね…片方の個性が、洗脳だってさ…いい個性だよね、すごく便利そうだ」
『──────────────』
「相変わらず勝手なことを言う…すぐバレる。
それに、汚いって言うのはそっちでしょ」
『────────』
「あ、今仕事中なの?
…………あんまりそればっかりだと、少し妬けちゃうよ」
『──────────────────』
「わかってる、冗談だよ。嘘でもないけど」
『────────』
「あいつから借りたからねぇ。
"それなりに"目立つっての、割と難しくてさ」
『────────』
「うん、代わりに1週間のフルコースが決まったよ」
『──────』
「ありがとね。
…じゃ、私はそろそろ控え室行かなきゃ」
『────』
電源を切って。
通話相手の声を、心で抱きしめる。
大切に、大切に。
そして、フィールドで行われている戦闘の結果を見届けようともせずに、そこから出ていった。
暗い場所から、明るい場所へと。
カツリ、カツリ────────…
静かな廊下を、歩いていく。
誰にも見られないまま。
彼女──────…終綴は、普段クラスメイトに見せているような、温かくて優しい、それでいて輝いている──────澄んだ瞳で、にっこりと笑った。
「がんばらなくちゃね」