第15章 食堂のキミ、眼鏡のあなた/後編
「アニキー! 情報通り女将と店主は留守ですぜ!」
チンピラの一人が外に向かって叫ぶとアニキと呼ばれた人物が中へ入って来た。
悪趣味な柄の着物を纏った目つきの鋭い男だ。
リーダーらしきその男は俺を見るなり不機嫌に眉をひそめる。
「あん…? 客がいるじゃねーか」
「す、すいやせんアニキ、すぐにツマミ出しますんで! おい、そこのお前! さっさと帰りやがれ!」
「………」
『そこのお前』とは明らかに俺のこと。
初対面の人間に対するものとは到底思えない、常識を著しく欠いた言動に心の中で苦笑する。
「何ぼんやり突っ立ってやがる! 無理やり放り出してやろうか 兄ちゃんよォ!?」
「ナメてんのか コラァ!」
動くどころか返事もしない俺に痺れを切らした子分達が威嚇するように大声をあげ始めた。
まさかこんな形で邪魔が入るとは。
穏やかに話して通じる相手じゃない、そう理解した上で俺は仕方なく口を開く。
「帰りません」
「あぁ!?」
「この女性との大事な話がまだなので。ツマミ出されるのは困ります」
「何ィ…?」
「それより表(おもて)の看板は見なかったんですか? 準備中と書かれてあっただろう」
「こいつ…っーー」
絶好の機会を譲るわけにいかない。
…いや、
莉菜さんを放っておけない気持ちに駆られてると言った方が正しいかもしれない。
知り合って間無しとは言え、親切にしてくれた人を見捨てるなんて道義に反する。
この場に年頃の女性を一人残して帰れば何が起こるかくらい…ーー
「お、お客様…っ?」
チンピラ相手に平然と楯突く姿に驚いたのか 莉菜さんは目を瞬かせて俺を見ている。
無理もない、莉菜さんからすれば俺は単なる怖いもの知らずな一般人だ。
もしかするとこの後、俺が袋叩きにされる展開を予想してるのかもしれないな。
「ハッキリ言わせてもらう。帰るのは俺じゃなくて君達だ」
「こんの野郎…ッ」
さらに煽ってみれば子分達は思った通り食いついてきた。
このまま乱闘に持ち込んで蹴散らすのは造作もないけど…
完全顔バレ状態の今、安土城下での目立った行動は許されない。
忍びの正体を隠したままいかに一般人として追い払えるかが問題だ。