第10章 近くて遠い、あと一歩
一方のこーすけくんは、俺の背後にスススッと歩み寄って、小声で平謝りしっぱなしである。
「すみません、うちの天然ボケ野郎が空気を読まずに邪魔しちゃって。俺、何度も引き止めたんですけど、ほんとすみません、アイツも今日ハナさんに会えるのを楽しみにしてたみたいで、もう、すみません……」
「や、こーすけくんがそんな謝る必要はないって。俺も、ちゃんと場所や時間を考えるべきだったなあ、って反省してるから。全然気にしてないよ、こないだ打ち上げで焼肉奢ったお金返して欲しいぐらいの気持ちはあるけど、いやあ、全然大丈夫だから」
「レトさんそれ結構怒ってますよね」
「ははは、怒ってない怒ってない」
「標準語をこんなに怖いと思ったの初めてです本当ごめんなさい」
若干の涙目で謝るこーすけくんに、俺はにこにこ笑い続けた。まったくもう、得意の仕切り芸だけじゃなくて、幼馴染みの制御もしっかりやってほしいものである。
キヨくんとフジくんは来ていないのかと問えば、彼らは待ち合わせの時間にかなり遅刻しており、結局別行動することになったらしい。恐らく到着は昼過ぎになりそう、との事。なるほど。
会話もそこそこに終えて、展示作品を夢中で見始めた彼らを遠く見ながら、俺は小さく溜息を吐いた。
「はあ……今日こそはカッコよくバシッと決めるつもりやったのに……」
ポケットから取り出した小さな箱をまた元の場所にしまい込んで、代わりに、深い深い溜息を腹の奥から吐き出した。そんな俺を、彼女はよしよし頭を撫でて慰めてくれる。
「大丈夫ですよ。私、いつでも、いつまでも、待っていますから」
──その微笑みはまるで、天使のようでした。
次こそ、次こそは、彼女の描いた絵画のような幸せな展開にしてみせる。今度は誰か邪魔の入る余地もない、完璧なふたりきりの場をセッティングしてから、挑むとしよう。そうしよう。
俺は改めて己の心に強く誓うのだった。
-了-