第5章 幸せなおふたりさん
あれは全身ラジオを始めて1年目ぐらいの頃。
俺は同じゲーム実況仲間である蟹男レトルトもといレトさんの住むマンションへ、コラボ実況の続きを撮りに来た筈だった。
コンビニで買った昼飯のカルビ弁当と納豆巻きと菓子が詰まったビニール袋片手に、ピンポーン、とレトさんの部屋に軽快なチャイム音を鳴らした。そこまでは良かった。いつも通りだった。
しかし、その部屋の扉を開けて出て来たのは──見知らぬ、美しい女性。
「はーい、どちら様でしょうか」
腰まで付きそうな長い黒髪をふわりと靡かせ、花の甘く爽やかな香りを身に纏った、大和撫子という言葉を擬人化したかのような美女がそこに居た。
「部屋間違えました、すみません」
俺はすぐさま後退りして元来た道へ方向転換した。
そこへ大きく響く聞き慣れた鼻声。
「え、ちょっ、キヨくん待って待って、部屋あってるから! ここが俺ん家やから!! というかこれまでも何度か来てるでしょーッ!?」
いやいやいや、寧ろ何でレトさんがこの部屋にいるんだ、いや逆なのか、何でこんな美女がレトさんの部屋にいるんだ。
美女の後ろから慌てて廊下を駆けて来たマスクマンに呼び止められて、俺は渋々再び見知らぬ美女へ向き直る。彼女は俺を見上げて嬉しそうに微笑み、ぺこりと丁寧なお辞儀をして見せた。そして、更に信じられない言葉をその桜色の唇で告げた。
「キヨさんですね、初めまして。私、春野 菜花と申します。ルトくんの──あっ、レトさん──ええっと、春人さんの幼馴染みで、こ、こっ、恋……」
「俺の彼女! 美人さんでしょ?」
え。
「う"え"えぇぇえぇぇッッ!?!?」
俺はその日、実況外で本気の絶叫をした。
嘘だ、そんな馬鹿な、と当然思う。しかし、照れ臭そうに困ったように微笑む美女のレトさんを見る目が、真実であることを訴えていた。
ああ〜っ、うわ可愛い、すげえ照れてる、恋する女の子の顔をしていらっしゃるぅ〜〜〜!