第4章 【03】鳥籠のジュリエッタ
彼女は、真っ直ぐにディーノを見つめる。キャバッローネのボスは人が良いと聞くし、嘘を言っているようには思えなかった。漆黒の瞳が、ほんの少しだけ揺れる。
「どうやってこの場所へ?」
「とある人物から情報を仕入れた」
「ヴァリアーの隊員でしょう。他に考えられません」
「なら、そう思っていてくれ」
「…………わかりました。ついていきます」
氷雨は息を吐きながらベッドを降りる。彼の背後には何人か控えているようであったし、今の自分が抵抗できる相手とは考えられなかった。傍から見れば、彼の言うように氷雨は「誘拐されたご令嬢」でしかない。無駄に抵抗したところで結局捕まってしまえば、変にヴァリアーとの繋がりを勘繰られかねない。
彼女はアメジストの花が光る簪で髪を纏める。他に持ち出すべきものは何もなかった。ここには彼女のものなど、少しも無いのだ。服も、ベッドも、部屋も。――――己があるべき、場所も。
「お願いが、あります」
「ん?なんだ?」
「ヴァリアーがどうなったのか。これからどうなるのか、教えて下さい」
ディーノは一瞬眉を寄せた。自分がここを訪れたことで、彼女はすべてに気付いているはずだろうと思ったからだ。昔の仲間の安否でも気になるのだろうか。彼は、あえて説明を求める彼女の真意をはかり切れない。
漆黒の瞳が不安に揺れていることに気付いて、ディーノはますます不思議そうな顔をする。
「おもしろい話じゃないぜ?」
「構いません。知りたいんです、本当のことを」
氷雨の声音は真剣だった。ぎゅっと、強く握られた拳が微かに震えている。
ディーノは話していいものか咄嗟に判断が出来ず口を噤んだが、数秒の逡巡の後に深く息を吐き出した。どうも、この手の必死そうな瞳に自分は弱いらしい。
「わかった。だが話すのは車に乗ってからだ、いいな?」
「はい、お願いします」
氷雨はディーノに続いてホテルを脱し、彼が乗り付けた車の後部座席に座った。右隣にディーノ、左隣に彼の部下らしき男が乗り込み、完全に退路を断たれる。まるで囚人の護送のような待遇に氷雨は眉を寄せる。