第4章 【03】鳥籠のジュリエッタ
辺りが静かすぎて氷雨は眠れなかった。昨日までは見回りをする隊員の足音くらいは聞こえてきたのだが、今日はなにも聞こえてない。それどころか、人の気配そのものがないように感じた。ぎゅっと、彼女は布団を握りしめる。不安ばかりが押し寄せた。ボスは、皆は、ベルくんは、無事なのだろうか。
答えの出ない問いを三桁に達するほど繰り返したときに、コトンと小さな足音が響いた。ひとつ音がしたかと思えば、それはふたつみっつと増えていく。明らかに複数人の足音だ。
――帰って来たのかもしれない。
氷雨は疑うことなく、そう思った。足音は徐々に近付いてくる。待ちきれなくて彼女は布団を放り出した。けれども部屋から出るな、と言われている以上は扉を開けることもできない。
氷雨は待った。彼女は信じていた。すべて終わったら、ベルフェゴールがそれを知らせに来てくれるはずだと。
近付いてきた足音はようやく氷雨の部屋の前で足を止め、その扉を開く。
「え……?」
時間が止まったような、気がした。待ちに待って、彼女の前に現れたのは明るい金髪の男。それは氷雨が待ち望んだ男ではなかった。けれど、彼女も顔くらいは知っている。
そう、彼は、キャバッローネのボスだ。
「夜更けにすまないな。おまえが鈴川 氷雨か?」
「…………何の用ですか。どうして此処に来たんですか」
氷雨の声は、冷え切っていた。その声のトーンは彼女が仕事をするときに話すそれとよく似ている。漆黒を映した瞳が男――ディーノに注ぐ視線は、鋭くて冷たい。
彼は瞬時に敵視されていることに気が付いた。それもそうだと納得する。ここはヴァリアーがアジトとしていた場所なのだから。
「詳しい話は移動中にしよう。俺はおまえを保護しにきたんだ」
「保護、ですか?」
「ああ、おまえは知らないかもしれねぇが結構大事になってんだぜ?コメータで誘拐があった、ってな」
「……なるほど」
氷雨は納得したように頷いた。あの弟のことである。相手がヴァリアーだと気付いていたかどうかは定かではないが、相当な剣幕でボンゴレ本部に連絡したであろうことは容易に想像できる。実際は誘拐と呼べるほどの危機迫る事態でもないのだが。