第4章 【03】鳥籠のジュリエッタ
願ってもない来客の登場に、氷雨は一瞬額の痛みも忘れて彼を仰ぎ見る。――おはよう、と返そうとした唇が開いたままで固まった。
「……け、が、したの?」
「ん?ああ、ちょっとな。平気平気、大したことないって」
そんなはずないでしょ、と氷雨は心中で突っ込んだ。彼女の言い分は正しい。腕も足も首元も包帯で巻かれて松葉杖まで突いて歩きながら、大したことないとはよく言えたものである。
しかし、当人であるベルフェゴールはケロッとした様子で部屋の中に入ってくると、先程まで彼女が寝ていたベッドに腰を下ろした。本気で大したことのない怪我だと思っているのだろうか、口元ににんまりと笑みを浮かべてみせる。
「なに、心配してんの?氷雨らしくないね」
「その言い草はどうなのかと思うよ……」
「ししし、だってオレ王子だもん」
彼からその台詞が出ると、もう何を言っても無駄なことを氷雨は承知している。口振りから察するに、本当に彼にとっては大した怪我ではないのだろうと彼女は無理やり納得することにした。二日ぶりに見た相手の姿がミイラ男だなんて、心臓に悪いけれども。
ベルフェゴールは、まじまじと氷雨の姿を眺めると、また楽しそうに笑う。
「なに、どうかした?」
「うしし、氷雨だーって思ってさ」
「まあ、氷雨ですけど…」
「昨日も一昨日も、おまえに会うの許してもらえなかったんだぜ」
「え、そうだったの?」
「さすがにボスも怒ってたからな」
「ああ……怒ってたね……」
昨日のお叱りを思い出して氷雨は遠い目をした。他の人達はボスのことを敬っているようだが、彼女はまだ恐ろしさのほうが勝る。加えて、今は処分待ち――消されるか消されないかの瀬戸際と言っても過言ではない。ベルフェゴールに会えたのは良かったけど、果たしてこれからも彼に会えるものだろうか、と氷雨はふと思った。