第4章 【03】鳥籠のジュリエッタ
でも、そうだ。そうだった。たとえばお気に入りのボーダーのシャツが見つからないとか。たとえばラスボスまで進めたはずのセーブデータが見当たらないとか。いつも飲んでる牛乳が切れてたとか。そういうことだ。氷雨がいないってのは、そういうことだろ。
つまり、そこにあるのが当たり前で、当たり前じゃないとイライラするってこと。なんだ、簡単じゃん。
ベルフェゴールは急に頭の中が冷えていく気がした。迷いはない。
「だから、帰ってこい」
「そ、そんなこと言われても」
「嫌なの?」
「だから、そういう問題じゃ……」
「嫌なら、無理やり連れてくからいーよ」
「え……っく…!?」
動揺している氷雨を昏倒させることは、容易かった。何が彼女をそれだけ動揺させたのか、彼には皆目見当がつかなかったが、好都合だったので深くは考えない。氷雨の体を肩に担ぎ上げて、彼は走りだした。
しかし、屋敷内の人間にはすっかり気付かれてしまっている。庭には監視の目が光っているし、廊下を走れば前から後ろから人間が湧いて出てくる。完全に、時間を食い過ぎた。
「こーなりゃ、一人二人殺って脅すしか……」
ベルフェゴールがナイフを取り出しかけたそのとき、突然視界がぐにゃりと歪んだ。足元が崩れていくような、覚えのある感覚。
「やれやれ、本当に君は世話が焼けるね。報酬2倍にしてもらわないと割に合わないよ」
「……あとで氷雨に払わせてやるよ。全部こいつのせいだし」
「払ってくれるなら僕はどちらでもいいよ」
終わったなら早く帰ろう、と言って、マーモンはベルフェゴールの前に現れた。出てくるタイミングが良すぎることを考えるに今まで見張っていたのだろう。
「まだここのボスに一発入れてねーんだけど……ま、いっか」
「面倒なことにならないだろうね?」
「さあね。ま、なるようになるんじゃねーの」
さして興味がなさそうな様子でベルフェゴールは話す。脅すだのなんだの言っていたわりに諦めが早いのは、そちらは“ついで”程度にしか考えていなかったからだ。真の目的は果たせた。だから、もう、どうでもいい。
「しししっ、やっと盗り返した」
そう言って、ベルフェゴールは至極満足そうに笑うのだった。