第4章 【03】鳥籠のジュリエッタ
ベルフェゴールは、窓から差す光のせいで目を覚ました。壁にかかった時計に目を向けてみると時刻は7時半。日本の朝はイタリアよりも暑い気がする。
もう一人の10代目候補は、随分とひ弱な少年に見えた。周りも似たようなガキばかりで、リングを奪うのは楽勝だろうとヴァリアー側の誰もが思ったに違いない。あの場でドンパチやれたら楽だったのに、とベルフェゴールは思う。彼からしてみれば“リング争奪戦”なんていう方法は、よっぽど面倒で退屈だ。
ふあ、と欠伸をひとつ零すと、彼はベッドから起き上がる。何はともあれ無事にジャッポーネに辿り着けたのだから時間は有効活用しなければならない。
「あら、ベルちゃん。出掛けるの?」
「ああ、ちょっとね。夜までには帰るから」
「わかったわ。いってらっしゃい!」
ベルフェゴールが廊下に出ると、ルッスーリアと鉢合わせた。ルッスーリアはいつも朝が早い。対して、ベルフェゴールは昼近くまで寝ていることが多い。朝に顔を合わせる人物としてはレアである。
ルッスーリアは、驚いた顔をしていたが、手を振って少年の背中を見送った。初めてのジャッポーネで観光気分にでもなっているのかしら。可愛いところもあるのね、と思いながら。
屋敷から出たベルフェゴールは、人通りの多い通りに出てタクシーを捕まえる。タクシーに乗り込んだ彼は運転手に地図を差し出した。
「これ。丸付けてあるとこまで」
「はいよ。……んん?随分田舎だねぇ。観光には向かないよ?」
「いいから行けよ。どんくらいかかる?」
「ここからなら……4時間ってところかねぇ」
思ったよりも近いな。いくら日本が小さい島国といえども移動にはそれなりの時間が掛かる。一日で行き帰りできる距離であったのは幸いだ。
またひとりでにドアが閉まって、タクシーが動き出す。
「お兄さん、日本観光かい?」
「そんなとこ」
「風鳥町に観光スポットなんてあったかね」
「まーね。オレにとっては観光スポット」
「はは、そうかい」
運転手からの問いに適当な返答をしながら、ベルフェゴールは窓の外を眺めた。移りゆく景色は当然ながらイタリアとは違う。仕事柄、異国の地に感慨を覚えるような意識はなかったが、氷雨が生きてきた世界はこんな景色だったのか、と思うと何故か目を離すことができなかった。