第4章 【03】鳥籠のジュリエッタ
君は鈍感だよね、とマーモンはボソッと呟いた。可能性があるとはいうものの、マーモンの中ではその予想が既に確信へと姿を変えつつある。それは他の幹部達と比べてベルフェゴールと時間をともにすることが少し多かったからなのかもしれない。あの少年が己の恋情を自覚したときに、何の迷いも無く想い人を欲するであろうことは容易に想像できる。彼は“それ”が良いか悪いかなどということを考えるような人間ではない。期待するだけ無駄。
(だから、問題は氷雨のほうだ)
マーモンはそう思っている。氷雨はベルと違って、それなりに大人で分別がある。プロ意識も持っているし、感情のコントロールも上手い。氷雨がヴァリアーの一員としての意識を持っている限り、マーモンの言う“悪い可能性”が実現する見込みは皆無に等しい。もちろん自分の見立てが間違っていなければ、の話ではあるが。
がたん!急に大きな音が鳴ったので、マーモンはびくっとして音の出たほうへ視線を向けた。そこには椅子から立ち上がったスクアーロの姿がある。どれだけ勢いをつけたのだろうか、空っぽのティーカップがコロコロとテーブルを転がっていた。
「よぉし、俺がベルに妙な気を起こすなと言ってきてやるぜ!」
「「は?」」
マーモンとルッスーリアの声が見事に重なった。スクアーロはさも名案を思いついたと言わんばかりの顔をしているが、盛大に的外れだろうと二人は思った。
いや、寧ろ逆効果と言ったほうが正しいか。他人に指摘されて己の気持ちに気付くなんていうのは漫画や小説で使い古された展開ではあるが、恋の存在を知らぬ子供に対しては現実でも有効な手段になり得る。子供は無知であると同時に他人の言葉に流されやすい。己の内に燻ぶる感情の名前を考えたとき、第三者に「それは恋だ」と言われれば納得してしまうように。
やっぱりスクアーロは鈍感だ、とマーモンはため息を吐いた。
「任せておけ。ガツンと忠告してきてやるからよぉ!」
「ちょ、ちょっとスクアーロ?本気で言ってるの?やめたほうが……」
「行ってしまったな」
「やれやれ、スクアーロも思い込みが激しいところがあるからね」
お得意の叫び声を上げながら、スクアーロは気合十分な様子で部屋から出ていってしまう。ルッスーリアが止めようとしたものの、その声は聞こえていないようだ。
