第1章 【01】プロローグ
そんな二人の間に挟まれてもなお、氷雨は素知らぬ顔でにこりと笑顔を見せた。
「いや、ベルくんはとっても良く働いてくれて助かったよ」
「ししっ、ほら見ろ」
「氷雨……無理して、んなこと言わなくてもいいんだぞぉ」
「どーいう意味だよ」
ベルフェゴールは、チッと舌打ちすると「眠いから休むわ」と言って自室へ歩いていってしまう。今度は気分を害したようだった。
アジトの奥へ進んでいく背中に氷雨は声を投げかける。
「お疲れ、ベルくん。またよろしくね」
「気ぃ向いたらなー」
なんとも曖昧な返答であったが、彼女は満足したのだろう。背を向けたベルフェゴールには見えなかったが、氷雨は瞳を細めて嬉しそうに笑っていた。
彼女とともに、珍しく文句も言わず少年を見送ったスクアーロは、報告書を脇に抱えて氷雨に向き直る。
「あんまり甘やかすと図に乗るぜぇ」
「なんのことやら私にはさっぱり」
「テメェもその言い草か!」
「あはは、冗談。平気だよ、聞ける我が儘しか聞いてないから」
「……俺には、そう見えねぇぞ」
ニコニコと笑う氷雨の額に、スクアーロは持っていた報告書をべしっと当てた。声色は少し心配しているかのようにも思えるが、真偽のほどは定かではない。
氷雨は「あいたっ」と間の抜けた声を漏らすと、片手で額を擦る。
「ったく、早く寝ろぉ」
「あはは、うん。そうするよ」
氷雨は何処までも軽々しい口調で喋りながら頷くと、自室に向かって長い廊下を歩き始める。ひらひらと手を振って「おやすみ」と告げた彼女の背中を見送って、スクアーロはひとつため息を吐いた。少年の前では気を張って誤魔化していたようだが、彼にはわかる。
その足取りはいつもより重かった。
もう一人は胡散臭い笑顔の少女
(あいつがどうしてそこまでするのか、俺にはわからねぇなぁ)