第4章 【03】鳥籠のジュリエッタ
ボンゴレ本部からの書状に目を通したXANXUSはあまり興味がない様子でそれを机の上に放った。彼は並々ならぬ威圧感を放っており、氷雨を委縮させることも容易い。部屋の真ん中に立ち尽くした彼女は、裁判の判決を待つ被告人になったような錯覚を覚える。
「……あの、ボス……」
「なんだ」
「コメータのボスの件は、」
「雑魚に構う暇はねぇ」
「そう、ですか。すみません」
鋭い視線が一瞬、氷雨の瞳を射抜く。XANXUSの声色は変わっていないはずなのに彼女は不躾な質問を咎められたような気がした。たしかに考えすぎだ。ボスにとってはコメータファミリーなんて敵じゃないだろう、と思う。
長い長い沈黙の末に、それを破ったのは氷雨のほうだった。
「私はボスの命令に従います。どんな結果になっても」
「それが答か」
「はい」
「ハッ、いいだろう。出ていけ、すぐにだ」
「はい。……お世話に、なりました」
こんなときにどんな言葉を発したら良いのか氷雨にはわからなかった。わからなかったけれど何かが言いたくて、出てきた言葉はあまりに陳腐だった。彼女はXANXUSに向かって深々と頭を下げると、彼に背を向けて部屋から出て行こうとする。
こうなることは氷雨も予想していた。ボンゴレ本部からの書状がある以上、断りきれない。今後行われるはずの“計画”を成就させる為には、いまヴァリアーが表立ってボンゴレ本部を敵に回すことは避けなければいけない。誰もがそれを知っている。
知っているというのに、踏み出さなければならない足が重い。氷雨は初めてその感覚を知った。ヴァリアーに入隊するときは軽かった足が、何故今日はこれほどまでに重いのだろうか。考える時間も必要も与えられていないはずなのに、彼女は頭の片隅でそんなことをぼんやりと考える。
XANXUSの部屋から出ていった氷雨はその後、持てるだけの荷物を纏めて弟とともに日本へ帰っていった。幹部陣には別れの言葉のひとつも言いたかったが、その時間すらなかった。
ひとつだけ心残りなのは、約束を守れなかったことだ。
「……ごめんね」
まだ帰らない少年に氷雨は謝ることしかできなかった。この謝罪の声すら届かないのに、謝ることしか。