第4章 【03】鳥籠のジュリエッタ
氷雨がヴァリアーに身を置くようになってから5年。まだ15歳といえども、彼女の目から見れば黎人は立派に成長しているように見える。いつの間にか姉の背を追い越し、変声期を経て声は少し低くなった。最初は部下に付き添われてヴァリアーのアジトを訪れていたのに、一人で来訪するようになったのはいつからだろうか。
彼は「まだ怖い」と言った。けれども、その瞳の奥に決意の色が見えるのは自分の錯覚なんかじゃないと氷雨は思う。
「私は、黎人なら良いボスになれると思う。応援してる」
「姉さん……」
「って言ってもあんまり力になれないけど。日本にもいられないし」
「そんなことっ……そんなことないよ。姉さんがそう言ってくれて嬉しい」
ブンブンと勢いよく首を横に振って黎人は否定すると、嬉しそうに笑った。それは子供が親に褒められたときに見せる笑顔と少し似ている。氷雨も思わず微笑み返すと、黎人はますます嬉しそうな様子を見せる。
「よかった!やっぱり姉さんは、僕の姉さんだ」
「それは当たり前でしょ」
「当たり前なのが嬉しいんだよ」
「ふふっ、変なの」
「変じゃないってば。……うん、不安だったけど今ので安心して言える」
黎人は自らの胸に手を当てて穏やかに微笑んだ。氷雨のほうは「何のこと?」と言って首を傾げるばかりだ。話とは両親の死についてだけではなかったのだろうかと彼女は思った。
不思議そうにしている氷雨の顔を真っ直ぐに見つめて、黎人は再び口を開いた。はっきりと、凛とした声で言葉を紡ぐ。
「日本に帰ろう。今日は姉さんを迎えに来たんだ」
弟からの突然の申し出に氷雨はすぐに言葉を返せなかった。なんと言ったらいいのかわからない。というか、帰るなんてことが出来るのか。
黎人は姉の混乱など素知らぬ顔でニッコリと微笑むと、氷雨の右手を両手でつかんだ。瞳にはキラキラとした輝きが映っているかのようだ。