第4章 【03】鳥籠のジュリエッタ
赤い絨毯が敷き詰められたアンティーク調の応接室。高価そうなテーブルの周りに、揃いのチェアーが十個も並べられている。その中の一つに腰掛けていた少年は氷雨の姿を視界に捉えるなり、ぱあっと表情を明るくした。
「姉さん!よかった、急に来てしまったから会えなかったらどうしようかと思ってたんだ」
「ちょうど任務上がりだった。タイミング良かったね」
氷雨は挨拶代わりに片手を挙げてみせると、少年―鈴川 黎人の向かいにあるチェアに腰を下ろした。
彼女と同じ黒髪と黒い瞳を持った彼は、二週間ぶりに見る姉の姿に喜びを隠しきれないようで、へらりと緩んだ笑みをこぼす。
「姉さんが元気そうでよかったよ」
「あはは、ありがと。黎人も元気そうね、家のほうはどう?」
いつもと同じ会話だ。二人は会うたびに互いの調子を語り、近況を語る。だから、氷雨はいつも同じように実家の様子を尋ねた。しかし、黎人は彼女の問いを聞くなり表情を曇らせる。いつもと違う反応だ。
不思議そうに首を傾げる姉の前で黎人はなにかを言おうと口を開いて、しかし言葉が見つからずに閉じて、を何度か繰り返した後にテーブルの上でぎゅっと拳を握りしめて再び口を開いた。瞳は不安げに揺れている。
「……父様と母様が、亡くなったんだ」
「…………え……?」
「交通事故で……即死だった……」
そこまで言葉を絞り出して、黎人は堪え切れずに俯いた。握りしめた拳に力が入る。
――父様と母様が、死んだ。氷雨は弟から聞かされた話をすぐに理解することが出来なかった。もう何年も顔を見ていないとはいえ、やはり親には変わりない。突然の訃報に流石の彼女も動揺を隠せなかった。
「どうして……」
「念の為、僕のほうで色々調べさせてみたんだけど事件性はないって……本当に事故みたいなんだ……」
「……、ファミリーは?大丈夫なの?」
氷雨は暫く黙り込んだ後、ゆっくりと言葉を紡いだ。その速度で話すのが精一杯だった。両親の死に関しては更に詳しいことを聞きたいと思う。しかし、漸く落ち着いてきた頭に一番初めに浮かんだのは、残された弟とファミリーの事だった。