第2章 【02】魔法の鏡は誰のもの?
あの男の敗因は氷雨が完全に昏睡していると思っていたことだろう。残念なことに暗殺者として生きてきた彼女は大抵の薬物に対する耐性をその身に備えていた。そのため、薬を盛られても効かないことがあるし、通常よりも早く効果が切れることもある。今回は後者である。
運良く銃殺される前に目を覚ました氷雨は男に見られないようにベルフェゴールへサインを送り、起きていることを伝えた。その後の展開は知っての通りだ。
「別邸のほうは大丈夫だって?」
「人数多いから面倒らしいけど、問題ないって言ってたぜ」
「そっかー、よかった」
「あいつらもバカだよなー。発信器なんて気づかないはずないだろ」
「うん、逆探知しまくりだったね」
「氷雨が倒れたっぽい後とか爆笑だったぜ?これからヴァリアーのアジトを強襲する、とか言ってんの!うしし、まじウケたー」
「あはは、それは聞いてみたかったなぁ」
ベルフェゴールは腹を抱えて笑っている。氷雨もくすくすとおかしそうに笑みをこぼした。
一頻り笑った後に、ベルフェゴールはどす黒い赤色にまみれた真っ白なブーツをテーブルから退けて立ち上がった。彼はにんまりと笑みを浮かべたまま氷雨に歩み寄ると、その細い手首に光るブレスレットに指を絡める。
「そういや、おまえさぁ……何処までが本音だったの?これつけてる間」
「へ?何処までって?」
「あいつがかっこいいとか優しいとか、その辺」
「うーん、普通に本音の感想だったよ?」
「へえ……」
「あ、気がある素振りを取ったのはお芝居だけどね」
だってそのほうが利用しやすいでしょ?
氷雨はにっこりと笑って、そう言った。
ベルフェゴールは思わずポカンとしてしまったが、彼女の言葉を理解すると「ししし」と独特の笑い声をこぼす。満足そうに口角をつり上げたベルフェゴールは、ブレスレットに両手をかけて勢い良く引きちぎった。ぶちっ、と呆気ない音が響く。
「ほんっとタチのわりー女だよ、おまえは」
「それって褒められてるのかな……」
「超褒めてる。喜べ」
「ありがとーございます、ふふっ」