第2章 【02】魔法の鏡は誰のもの?
ベルフェゴールは一番奥の牢まで一気に駆け抜けると右手を振り上げた。
「動くな!こいつがどうなってもいいのか!?」
ぴたり。面白いくらい見事にベルフェゴールの動きは静止した。
逃げ込んだ男の右手には拳銃。その銃口は、うつ伏せに倒れている女の頭部に押し付けられている。今の状況、男の口振りから考えれば、その女が誰であるか推測することは容易い。
――あれは氷雨だ。そして、そう思った途端に沸き上がってくるのは、笑いだ。おかしくてたまらない。
「なに人質のつもり?オレらがそんなもんに反応すると思ってんの?うししししっ」
「う……ぶ、武器を捨てて両手を挙げろ!」
「はあ?」
「本当に撃つぞ!」
「やるならさっさと撃……」
カチッと音を立てて男が撃鉄が起こしたのと、ベルフェゴールが声をなくしたのはほぼ同時であった。
男が銃を持つ手は震えている。当然だろう。人質を撃ち殺したところで、自分が殺されることは変わらない。だから、彼はベルフェゴールに向かってもう一度「武器を捨てろ!」と叫んだ。
「チッ……マジかよ。しかたねーな」
ベルフェゴールは、持っていたナイフを手離す。ナイフはカランと音を立てて床に転がった。
「これでいいんだろ?」
「り、両手を挙げろ」
「はいはい。注文の多い奴だね」
「そうだ。それでいい…」
ベルフェゴールは、ご丁寧に手のひらを男に見せた状態で両手を顔の横まで挙げてみせた。先程までとは打って変わって従順だ。
それを不審に思いながらも今の男には相手の真意を探る術もなければ、他の手を考え出せるような余裕もない。男はベルフェゴールを見据えたまま、銃口をゆっくりとベルフェゴールに向ける。ベルフェゴールは、両手を挙げたままの状態で動く気配はまったくない。