第2章 【02】魔法の鏡は誰のもの?
翌日、氷雨は再びミカエルの屋敷を訪ねた。昨日応対をしてくれた黒服の男は、彼女の姿を見て驚く。
髪型を変えてフリルやらレースやらで飾り立てられたギンガムチェックのワンピースを纏ったその姿は、まさに良家のお嬢様と言っても過言ではない見た目であった。前日に全身真っ黒のコート姿を見ているのだから、彼の驚きは一入だったに違いない。
氷雨は門をくぐると真っ直ぐにミカエルの書斎を目指した。扉の前についてノックをする。
「ミカエル様、氷雨です」
「ああ、どうぞ。入ってくれ」
「失礼します」
氷雨が扉を開くと、そこにはミカエルともう一人、別の男がいた。ミカエルと違って琥珀色の瞳を持ったその男は、まるで値踏みするように氷雨の姿を眺めると、ククッと笑ってミカエルに視線を向ける。
「なんだミカエル。めずらしく女が訪ねてきたと思えば東洋人か。おまえがそういう趣味だとは知らなかった」
「そうかい?日本人の女性は淑やかで素晴らしいよ。君も一緒にお茶でも飲んでいったらどうかな」
「呑気なものだな。俺は生憎暇ではないから遠慮しておくよ。じゃあな」
男は氷雨に目をくれずに書斎から出ていった。パタンと扉が閉まる音が響いてからたっぷり間を置いて、氷雨はようやくミカエルに向かって口を開く。
「今のはロイス・セリオーネですね。ボス候補者の一人」
「よく知っているね。その通りだ」
「セリオーネファミリーの情報は大体覚えてきましたので」
「さすがだね。……その服も、私の要望通りにしてくれて嬉しい」
「あの……普通に見えるようなら、何よりです」
青く澄んだ瞳を細めてミカエルは微笑んだ。普通の格好で訪ねてくること。それが彼の出した要望であった。
氷雨は困ったように視線を横に逸らす。彼女のそんな様子を見て、ミカエルはくすりと笑みをこぼした。
「じゃあ、お茶にしようか。そのあと本邸に行かなければならないんだけど、構わないかな?」
「どこにでもお供しますよ」
「それは頼もしい。さあ、行こう」
柔らかく微笑んだ男は自然と彼女に手を差し出した。氷雨は差し出された手を不思議そうに見ていたが、ようやくその意図に気づくと、自分の手をそれを重ねる。なんだか不思議な感覚だった。