第2章 【02】魔法の鏡は誰のもの?
「珍しいものをつけてるじゃないか、氷雨」
「え?ああ、これ?」
マーモンが叩いた細い手首には、シンプルなブレスレットが煌めいていた。一般の女性であれば、アクセサリーなど普通だろうが、氷雨は「仕事の邪魔になるから」と言って装飾品の類いを身につけないような女性である。マーモンもかれこれ五年はともに仕事をしているが、彼女が装飾品をつける姿は初めて見る。
「なんかね、仲間内の印なんだって。一応つけとけって言われたの」
「なるほど。任務関係か」
「うん、護衛って暗殺より大変だね。身なりまで気にしなきゃならないなんて」
「まあ、ヴァリアーだって気づかれたら護衛の意味もないからね。ある意味安全にはなるかもしれないけど」
「そういう守り方はダメって言われた……」
「そうかい、残念だね」
氷雨が盛大にため息を吐いたところで、二人はダイニングにたどり着いた。静かな部屋に他の者の気配はなかったが、きちんと二人分の食事が食卓に用意されている。
マーモンを専用の椅子に座らせてから、氷雨は隣の席に腰を下ろした。そして食事に手をつけ始める。
「……でも、ちょっとかっこ良かったな。依頼主の人」
「君がそう言うなんて珍しいじゃないか」
「まあねー、美形だったのほんとに!優しいし、私のこと女の子扱いしてくれたし」
「……氷雨、」
まるでアイドルのことでも話すように、楽しげな様子で語りだした氷雨を咎めるようにマーモンは彼女の名を読んだ。氷雨のほうを見上げるもののフード越しの瞳は彼女を捉えているのかどうかは判断できない。
当の氷雨は、きょとんとした様子でマーモンに視線を落とした。彼女の片手はくるくるとフォークを弄っている。
「任務に余計な感情は持ち込むべきじゃないよ」
「……わ、わかってるよ。そんなんじゃない」
「それならいいけどね」
マーモンは、じぃっと氷雨を眺めていたかと思えばプイッと視線を逸らして食べかけの食事に再び手をつけた。それ以上追及する気はないようだ。
氷雨は「そういうんじゃないもの」ともう一度繰り返す。フォークを持ち上げたときに、手首のブレスレットがキラキラと光って揺れた。