第7章 【04-後編】零時の鐘が鳴るまで
「そ。お前は、全部なかった事になってその後どーなると思うの?」
「うーん、そうだなあ……」
氷雨は考える。
もしも、ミルフィオーレが台頭しなければ。ボンゴレ本部が襲撃されることはなかった。世界規模の通信環境を整えるために奔走することもなかったし、反攻作戦のために下準備をすることもなかった。イタリア戦線も、死にかけたことも、日本で真六弔花と戦うことも。こうして今、ベルフェゴールと話すこともなかった。
それが"どういう事なのか"彼女はやはり理解できない。けれど、"こうであってほしい"という願望はあった。
「全部なかった事になっても、きっと別の思い出が何かしら出来てるんじゃないかな」
元より、彼女らの仕事場は平穏という言葉が世界一似合わない場所である。ミルフィオーレがいなくとも、ターゲットが別の誰かに変わるというだけで暗殺の仕事は無くならない。
昨日までと何もかもが変わっても、氷雨もベルフェゴールも、きっと変わらない。相変わらず任務を受けて、戦ったら勝って、アジトに帰ってくる。そんな日々の中でちょっと記憶に残るような出来事がたまに起きたりするのだろう。
そうであって欲しいと、氷雨は思う。
ベルフェゴールは満足そうに、うししと笑った。
「いいじゃん。じゃ、オレもそう思うことにしよっと」
「ふふ、ベルとも変わらず一緒にいられたらいいね」
「そこは心配いらねーだろ」
「うん、実はあんまり心配してない」
氷雨がへらりと笑ってみせると、ベルフェゴールは「ったく」と呟いた。立ち止まったままの彼女へと歩み寄り、その細い肩を抱き寄せて強引に歩き出す。
氷雨は、よろけながらも彼の歩調に合わせて足を進めた。10年前から来た子達に見つかったら驚かれるだろうなと思うと笑えてきてしまって、クスクスと笑い声をこぼす。その様子を見てベルフェゴールが眉を寄せた。
「なんだよ」
「ごめんごめん。なんか明日が楽しみになってきちゃって」
「さっきと言ってること真逆じゃん」
「深く考えないのが正解だって気づいた」
「さっきの今でかよ」
しょーがねーやつ、と言いながらも氷雨の肩を抱くベルフェゴールの腕は緩まない。悲劇のヒロインよろしく、しょーもない事にいちいち気を揉む彼女には慣れっこだった。