第7章 【04-後編】零時の鐘が鳴るまで
一瞬で変わった場の空気に、氷雨は困惑していた。
「つーか、こんな話するために来たんじゃねーんだよ」
「と、言いますと……?」
「王子暇なの。遊ぼーぜ」
それは嘘だ、と氷雨は瞬時に思った、ミルフィオーレの残党狩りも終わっていない。何より、下っ端隊員が療養中の氷雨へ相談に来る程度には忙しいはずだ。幹部クラスのベルフェゴールが暇なわけがない。
彼女は、両手で彼の胸を押し返す。
「だめだよ。私、休んでろって言われてるし……」
「怪我人相手に盛ったりしねーよ。ちゅーだけ」
「す、スクアーロにでも見られたら」
「アイツ、刀小僧がどうとかって言ってジャッポーネに飛んだぜ」
「えっ」
「ルッスーリアもレヴィも忙しそーだし……あ、フランはどっか出掛けたな。行き先知らねーけど」
「……えっと」
逃げ場がない。
氷雨は、ぐっと押し黙った。先程ときめいてしまったのも相俟って実は普段よりもドキドキしている。キスしたらきっと氷雨はその先を期待したくなるだろう。
ーーって、この非常事態に何を考えているんだ私はっ!!
彼女は、自分で自分を叱責した。困惑しすぎであるし、浮かれすぎである。沸騰しそうな心を落ち着ける為、氷雨は一度深呼吸をしてーーベルフェゴールに、ぎゅっと抱きついた。
「!?」
「ち、ちゅーはダメ。ハグだけ」
「……ガキかよ……」
「なんでもいいわよ!ダメなものはダメ!!」
「ハイハイ」
氷雨が力任せに抱きしめてくるので、ベルフェゴールは少し苦しかった。自身の要求が通らなかったことは癪ではあるが、珍しく"如何にも困惑しております"という表情をしているレアな氷雨が見られたのはラッキーだ。それこそ、儚くて、切なげな表情をされているよりか、ずっと良い。
ベルフェゴールは、彼女の細い体を抱きしめる。柔らかくて温かい。この前戦場で抱き上げたときの、傷だらけで嫌な熱を持った体とつい比べてしまう。
怪我をするのも、死にそうになるのも、当たり前の世界で生きている。頭では分かっていても、きっとまた氷雨に向かって手を伸ばしてしまうだろう。こうして抱き合って、ホッとしてしまう日がこれからもあるんだろう。ベルフェゴールは、そんな気がしていた。