第7章 【04-後編】零時の鐘が鳴るまで
「ぐ、っ……」
氷雨は、木の幹に叩きつけられてズルズルと倒れ込んだ。力の入らない左足が、あらぬ方向を向いている。肩から流れ出る鮮血は腕を伝って指先までも赤く濡らし、ポタポタと地面へ吸い込まれていった。
最早立ち上がる事すら困難になった女を見下ろして、ラジエルは心底楽しそうに笑う。
「しししっ、呆気ねーなあ!威勢が良いのは結局口だけかよ」
「所詮は、ヴァリアーにもボンゴレにも属しきれなかった中途半端な小娘ですからな」
「口だけのタヌキじゃ、たかが知れてんな」
では、とオルゲルトは匣兵器を構える。小娘にはもう逃げる気力も残されてはいないだろう。
しかし、一思いに終わらせようとしていた彼をラジエルは「待て」と一言で制する。オルゲルトは、数秒の沈黙の後にリングに灯していた炎を消した。
「コイツは、オレ様をバカにしやがった。よくよく思い知らせる必要がある」
「と、言いますと」
「あの二つの死体の横に、他の幹部の奴らの死体を並べてやんだよ。殺すのはその後でも遅くねーだろ」
「……名案でございます」
「喜べ、女。アンタには省みる時間を与えてやる。せーぜー己の浅慮を悔いて待ちな」
「は、っ…悪趣味ですね」
「褒め言葉だな、しっしっし」
口角を上げてはみるものの氷雨はもう上手く笑えていなかった。左足が灼けるように熱くて痛い。彼女は、なんとか顔を上げてベルフェゴールとフランの死体へと目を向ける。そして、わずかに目を見張った。
「だから言ったろーが。オレを選べばアンタも死なずに済んだのになあ!」
「……、いい加減にして」
氷雨の声色が変わったことに気付き、ラジエルから笑みが消える。
彼女は地面に手をついて、木に寄りかかりやっとこ立ち上がった。傷だらけで普段より重い体を抱えて、それでも背筋を伸ばして彼女は立つ。その眼差しは真っ直ぐにラジエルを見据えていた。
「ベルフェゴールを殺したっていうのに、いつまでそんな事にこだわってるの?」
「なんだと……?」
「選ばれる兄と選ばれない弟……その立場を守ることがそんなに大事なのかって聞いてるのよ」
氷雨の声は冷静だった。
ラジエルは思わず押し黙る。それが肯定の意になり得てしまうことを理解しながら、彼はすぐに言い返すことが出来なかった。