第7章 【04-後編】零時の鐘が鳴るまで
氷雨は、ベルフェゴールとフランが6弔花と応戦している地点へと急ぐ中で違和感を覚えた。不自然なほど敵の横槍が入ってこない。敵は圧倒的な兵力を持っているというのに、移動中にまったく敵の兵士に会わないというのは気味が悪いことこの上なかった。
ーー誘い込まれているのだろうか。
彼女の頭の中に一瞬浮かんだ考えは、しかし直ぐに否定される。誘い込む理由がない。兵力的に劣る相手を攻めるのなら、数に物を言わせた各個撃破が上策。如何に6弔花といえど敵の戦力を集める事が効果的とはなるまい。
ぞくり、とまた背筋に悪寒が走る。嫌な予感がした。
彼女は、木々の奥に煙が上がる不自然な場所があることを視認する。恐らくそこが応戦地点に違いないだろう。木の枝を蹴る足に力が入る。氷雨はただ急いだ。嫌な予感も、背筋の悪寒も拭えないままだった。走って走って、ようやく視界が開ける。
そこにはベルフェゴールとフランの姿があり、二人と相対するように、ラジエルと先日名乗った青年と初老の男性が宙に浮かんでいた。彼らの周りには開匣されたそれぞれの匣兵器の姿がある。
その光景を見た瞬間に、氷雨は叫んでいた。
「二人とも下がって!!」
「!……氷雨?」
「よーやくお出ましか。しっしっ」
氷雨の剣幕に首を傾げるベルフェゴールとは対照的に、ラジエルは彼女の姿を見ると満足そうに口角を上げて笑う。
「待ちくたびれたぜ、オヒメサマ」
「!?ジル、てめ……っ!!」
ラジエルに食ってかかろうとしたベルフェゴールの耳から、口から、ブシャッと一瞬で鮮血が噴き出した。
フランはユラリと傾くベルフェゴールの顔を覗き込むように窺い見る。その瞬間に、彼の目や口からも一気に血が噴き出した。
ベルフェゴールとフランは、そのまま地面に吸い込まれるように落下する。着地をする姿勢も、受け身を取る仕草さえもない。流れた血がただ地面を赤く染めていく。
「……っ!!」
「邪魔立ては許しませんぞ」
氷雨が匣兵器を開匣しようとすると、初老の男はいち早くそれを察知して巨雨象による大地の鉄槌<マルテッロ・デッラ・テラ>を仕掛けてきた。巨大匣兵器による広範囲にわたる攻撃に、彼女は退避の優先を余儀なくされる。