第7章 【04-後編】零時の鐘が鳴るまで
ああ、そうか…と、氷雨はアルコールでぼんやりする頭で直感的に理解する。必要だったのは、普段飲まないアルコールでも、普段やらない深夜特訓でもなかったのだ。彼女が信じる絶対は、最初からここにあった。
氷雨は、彼と繋いだ手をぎゅっと握り返す。
「うん……ベル、大好き」
ベルフェゴールが息を呑むのが、氷雨にもわかった。耳元に、頬に、優しいキスが降ってくる。
好き、好き、好き。普段はあえて口にする機会も少ないそのたった2文字が、心を満たしていく。不安なんて入る隙間もないほどに。
彼女がねだるように男の頬にキスをすると、ゆっくりと唇が重なった。呼吸の合間に熱い舌が差し入れられて、彼女のそれを絡め取って弄ぶ。頭の芯が痺れそうなほど気持ちがいい。体の力が抜けて、ふわふわした感覚が強くなる。
かくん、と、氷雨の片足がソファの端から落ちた。
「……氷雨?」
急に反応が薄くなった彼女に嫌な予感を覚えながら、ベルフェゴールは唇を離して恐る恐る問い掛けた。
返事はない。代わりに、すーすーとわかりやすい寝息が聞こえてくる。
「……ふざけんなよ、おまえ」
どーすんだよ、この状況!!??
至極切実な、男の心の叫びだった。ワナワナと肩が震える。彼はすっかりその気になっていたし、彼女もその気になっているものだと思っていた。それが、肩透かしもいいところだ。
間の抜けた寝顔を引っ叩いて起こしてやろーかと画策するものの「ベル……」と甘い声音で寝言を零されれば、彼の平手は宙に浮いたまま動けない。とどのつまり、惚れた弱みという一般論がこの場において最も効力を発揮していた。
ベルフェゴールは、がっくりと項垂れる。
「なんで、こーなるんだ……」
ベルフェゴールは知っていた。彼女がアルコールに弱いことを。
だから適度に酔わせて、いつもは堅い口を適度に軽くさせて、その後においしく頂くつもりだった。それがまさか寝落ちを誘発してしまうとは、思い至っていなかった。これは自分の手落ちだろうか。
ベルフェゴールは深く息を吐き出すと、氷雨を抱き上げてベッドへと運ぶ。ふかふかの清潔なシーツに体を沈ませても、彼女が起きる様子はない。彼女が一度寝入るとなかなか目を覚まさないことも、彼はよく知っていた。