第7章 【04-後編】零時の鐘が鳴るまで
覆いかぶさってくる彼とともにソファに倒れ込む。ぬるり、と舌が唇の隙間から押し込まれた。手首を掴む男の手が熱い。舌を絡め取られ甘噛みされて、我が物顔で自分のものではないそれが口内を蹂躙していく。呼吸の隙すら与えられない口付けは、ただでさえ正常に機能していない思考をさらに混濁させる。ベルフェゴールの唇が離れた時に、氷雨は大きく息を吸い込んだ
こつん、と額が合わさる。
「いま、誰を見てた」
そう告げたベルフェゴールの声音は静かで冷たくて、有無を言わさぬ威圧感があった。前髪の奥に目元は隠れているはずなのに、鋭利な刃物のような眼差しに射抜かれた気分になって身が竦み、すぐには言葉が出てこない。それ以前に、彼女は何と答えたら正解なのかもわからなかった。双子の兄を名乗る男のことは、スクアーロに口止めされている。
ベルフェゴールは、痺れを切らして再び氷雨の唇を塞ぐ。荒々しい口付けは、彼の苛立ちを如実に表していた。
「んっ……」
「おまえの前にいるのは誰」
「あ……っ、ふ……」
「おまえにキスしてんのは誰」
「……べ、ぅ……ん、」
「答えろ」
氷雨の言葉をすべて呑み込んでおきながら、ベルフェゴールは当然のように言った。額を合わせたまま、僅かに唇が離れる。熱を持った吐息を交わして、酸欠からか氷雨は頭の奥がジンジンと痺れるような心地がしていた。
ようやく許された声で「ベル」と目の前の男の名を呼んだ。確かめるように、もう一度その名を声に出して、言葉にする。
細い手首を掴んでいたベルフェゴールの手が緩み、彼女と手のひらを合わせるように移動すると指を絡めてぎゅうと握った。
「そうだ、ちゃんとオレを見ろ」
「ベル……ん、っ」
再び降ってきた口付けは、軽く唇に吸い付いて離すような優しいキスだった。氷雨は、きゅうと胸の奥が締め付けられるような心地になる。
ベルフェゴールは、片腕で彼女の体を抱き締めた。
「オレのことだけ、感じてろ」
命じるというよりも、祈るような囁きが氷雨の鼓膜を震わせて染み込んでいく。
その時、彼女は不思議な感覚に陥った。それまで胸の内に燻っていた不安や緊張が、すうっと消えてなくなるような、心が軽くなるような感覚だった。