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THE WORST NURSERY TALE

第7章 【04-後編】零時の鐘が鳴るまで


………


……………



 あたまの中が、ふわふわする。

 氷雨は視界の端で、ワインボトルを逆さまにしてグラスにガーネット色の液体を注ぐ男の手をぼんやりと眺めていた。三分の一ほどの液体に満たされたグラスが、男の手で持ち上げられて視界の外に消える。そして再びそれが視界に入る頃には、グラスの中身は空っぽになっていた。
 不意に、彼女が持っているグラスに彼女のものではない手が触れた。

 
「まだ残ってんじゃん。ちゃんと飲まなきゃダメだろ」

「うん……」

「ししっ、手伝ってやろーか」


 氷雨が肯定か否定かを示す前に、ベルフェゴールの手は彼女の手からワイングラスを奪い取った。己の手から離れたワイングラスの行方を、彼女は視線で追いかける。
 ベルフェゴールは、にんまりと至極楽しそうな笑みを浮かべてグラスに残っていたワインを煽る。空っぽになったグラスをテーブルに置き、両手で氷雨の顔を固定すると、無防備に半開きになった唇を己のそれで塞いだ。
 生温くなった液体が、ゆっくりと彼女の口腔内に注ぎ込まれていく。
 こくり、こくりと液体を嚥下するにつれて、氷雨は頭の中の靄が濃くなっていくような気がした。注ぎ込まれた全てを飲み干し、唇が離れる間際に相手の赤い舌がペロリと彼女の唇を舐める。ぞくり、女の背が震えた。


「イイ子だね。美味かった?」

「ん……おいしかった」

「そりゃよかった」


 ーーじゃあ、次はオレに付き合ってよ。
 耳元にベルフェゴールの唇がちゅ、と触れる。元より、そういう流れになるであろうことは承知していたので、彼女は抵抗の色も見せずにコクリと頷いた。アルコールの所為だろうか、顔が妙に熱い。
 ぼんやりとした視界に、金色の前髪と銀色に光るティアラが見える。真っ白な歯を見せて、口角を上げる独特の笑み。揺るぎない自信と誇りに満ちた、唯一無二の、


『アイツは、出来損ないだ』


 思い出さなくていい声が、最悪のタイミングで頭をよぎる。
 彼女は無意識のうちに、再びキスをしようとしていたベルフェゴールの口元を片手で覆って制した。彼の動きがピタリと止まる。数秒の静止の後に氷雨は我に返ると、パッとその手を離した。


「あ……ごめ、」


 それ以上は、ベルフェゴールに呑み込まれてしまって言葉にならなかった。
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