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THE WORST NURSERY TALE

第7章 【04-後編】零時の鐘が鳴るまで


「なあ、キスしてよ。それでチャラにしてやるから」


 元から丸い黒目が、さらに丸くなるように見えた。ピシッと効果音がつきそうな勢いで氷雨は固まる。刃物を向けられようが銃口を向けられようが、しれっとしている彼女が、こと色恋に関してはこうして動揺を露わにする。その様子を眺めているのが、彼は好きだった。
 ベルフェゴールは氷雨に顔を近づける。


「ほら、はーやーくー」

「子供か!ちょ、ちょっと待って……」

「どっちがだよ。生娘でもねーのにさあ」

「うるさい。黙って」


 氷雨の声音に棘が混じり出したので、ベルフェゴールは大人しく口を噤んだ。
 氷雨は、自分自身を落ち着けるように一度深く息を吐き出すと、目の前の男を見上げる。
 ーーああ、やっぱりコイツの目は好きだ。と、ベルフェゴールは思った。恥じらいからか僅かに潤んだ瞳を、もっと潤ませて、いっそ泣かせてやりたくなるのは男の性だろう。
 彼女の手がベルフェゴールの頬に触れて、唇が重なった。そのまま数秒静止して、触れていた熱はゆっくりと離れていく。


「ししっ、よくできました」

「……もうしばらくやんない……」


 羞恥に赤く染まる顔を隠すために、氷雨はベルフェゴールの肩口に額を付けて抱きついた。恥ずかしくて死にそうだ。
 よしよし、と宥めるように彼女の髪を撫でながら彼は堪えきれずに笑い声を零す。


「うしし、なんで毎回そんなに照れんだか」

「ホントなんでだろう」

「されんのはヘーキなのにな」

「たしかに、そーね」


 ハグも平気、と言ってベルフェゴールは彼女の体を抱きしめる。彼の背に回った細い腕に、ぎゅっと力が入るのがわかった。
 「多分、だけど、」と普段よりも幾分か細い声で氷雨は不意に喋り出した。


「好きだからしたい、って感覚が初めてだから……まだ慣れないのかも」

「……なにそれ。思春期男子?」

「……もういい」

「冗談だっつの。怒んなよ」

「人が真面目に話してるときに…!」


 じたばたと身をよじって抱擁から逃れようとする氷雨を、彼は羽交い締めにして押さえつける。今のはたしかに失言だったとベルフェゴール本人も反省していた。
 宥めるように、ちゅ、と艶やかな黒髪にキスをする。
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