第7章 【04-後編】零時の鐘が鳴るまで
スクアーロは宙に浮いているベルフェゴールを一瞥すると、ドカドカと足音を立てながら部屋から出て行った。
その背を見送って、氷雨は一度、二度と深呼吸をする。殺し合いを止めるという目的は無事に達成された。しかし、この策には致命的な欠点があった。
彼女が匣兵器を解除した矢先に、ベルフェゴールは着地とともに数本のナイフを投擲する。それらは、氷雨の顔の横すれすれを通って壁に突き刺さった。目の前には不機嫌オーラたっぷりの王子様の姿。彼女はごくりと息を呑んだ。
「氷雨……覚悟は出来てんだろうな」
「ご、ごめんって先に謝ったじゃない……」
「有無を言わさず開匣したろーが」
「そうしないとベルには避けられちゃうし……」
この策の致命的な欠点は、どうやってもベルフェゴールの機嫌を損ねることだった。
ナイフ片手にじりじりと距離を詰めてくるベルフェゴールから逃げるように彼女は後退りをするものの、やがて壁に背を付けることになる。あえて壁を背にすることを避けなかったのは、そうしたところで逃げ切れないのが分かりきっているからだった。
氷雨の顔の横に、ベルフェゴールは手をついた。
「チェックメイトってね」
「もうだいぶ前から白旗揚げてるんですけど…」
「久しぶりに鬼ごっこでもよかったぜ?オレは」
「さすがにそれはボスに怒られるでしょ」
それはもう、かっ消される勢いで怒られるに違いない。
その様を想像して遠い目をする氷雨を現実に引き戻すように、冷たいナイフの腹が白い頬に当てられた。彼女は微動だにせずに目の前の男を見上げる。その瞳はどこまでも冷めていて恐れの色はない。
ベルフェゴールは、満足そうにししっと笑い声を漏らした。
「おまえのその目、好きだよ。ぐっちゃぐちゃに歪ませたくなる」
「あ、悪趣味な……」
「男はみんなそーゆーもんなの」
「そうかなあ……?」
氷雨は、怪訝そうな顔をする。
ベルフェゴールは彼女の顔からナイフを離すと、コートのポケットにしまった。最初から傷を付ける気なんてないし、そこまで怒っているわけでもない。それは彼女も分かりきっていたはずだ。たぶん、きっと。
だけど、もう少しだけ不機嫌な体でいようとベルフェゴールは思った。