第6章 【04-前編】零時の鐘が鳴るまで
「ジル様、御命令を」
氷雨が席を立ってまもなく、隣の席で客を装っていたオルゲルトが口を開いた。その手には、匣兵器が握られている。
「放っておけ」
「しかし」
「オレの命令に従えねーのか?」
「……滅相もございません」
オルゲルトは恭しく頭を下げながら匣兵器を懐にしまった。
元より、ラジエルは此処で一戦交える気はさらさら無かった。ボンゴレの不審な動きは泳がせておくように、とミルフィオーレ本部から通達が来ている。ここで騒動を起こせば、"偉大なるあの方"に背く結果になる。
「ししし、とんだジャジャ馬だったな。乖離しかけたヴァリアーとボンゴレを繋ぐ役に就いているだけはある」
「私には、無作法者にしか見えませんでしたが」
「バーカ。ありゃ確信犯だ。こっちから情報を引き出すためにわざと吹っ掛けて反応を見てやがったんだよ」
オレには通用しないがな、と続けてラジエルは得意げに笑った。
「それより期待以上の収穫があった。お前、あの女のリングを見たか」
「リングですか……変哲のない雲属性のリングに見えましたが……」
「"石"のほうはな。それより、あのセンスの欠片もねぇデザイン……ありゃベルの趣味だ」
ラジエルは、おかしくてたまらなかった。噂の塊のような女には、元より有益な情報を期待してはいなかった。噂以上のペテン師でこちらの誘いにノッてくるようなら、それはそれで面白いとは思っていたが。
「あのベルフェゴールが、そこらのどーでもいい女に指輪なんか贈ると思うか?オルゲルト」
「あり得ませんな」
「ししし、だろうなあ!」
ラジエルは堪えきれずに声を上げて笑い出す。周囲の人々は、ちらりと彼を一瞥しては目を逸らした。
一目見たときから、一般人に紛れ込むためのスーツ姿に、凝った装飾が施された紫石の指輪は酷く違和感があった。そのデザインが、あの弟の顔を呼び起こさせたから尚更だ。
結局のところ女のほうの気持ちは分からずじまいだったが、そんなことはもうどうでもよかった。出来損ないのダメ弟が、あの女に執心していることは間違いない。
「ししっ、面白くなってきやがった……!」
ガタリ、と音を立ててラジエルは立ち上がる。オルゲルトも続いて席を立った。
「待ってろ、クソ弟……サイコーにブザマな最期をくれてやるよ…」