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THE WORST NURSERY TALE

第6章 【04-前編】零時の鐘が鳴るまで


 晴れやかな青天。ショッピング日和のメインストリートには、今日も多くの笑い声が溢れている。広場に並ぶオープンカフェも例に漏れず、人気のあるテラス席はほぼ満席だ。
 オープンカフェの前を通り過ぎようとしたイタリア男は、とあるテラス席の前で足を止めた。白を基調としたテーブルとイスが並ぶその場所に、艶やかな黒髪は良く映える。東洋人自体はそう珍しい存在でもないが、ローマの昼下がりの風景に馴染んでしまうベッラとなれば話は別だ。白いカットソーに黒のタイトスカートを着こなし新聞を広げている姿は、さながらキャリアウーマンのようでありながら、何処かあどけない面影を残す顔立ちの絶妙なバランスに男はひゅう、と口笛を吹いた。
 ここで声を掛けずしてイタリア男が名乗れるか?軽く咳払いをしてから意気揚々と挨拶をしようとした彼は、はたと気付く。白い丸テーブルの上には飲みかけのコーヒーカップが二つ。一つは女性のもので間違いないだろう。では、もう一つは。
 男の高揚していた気持ちが萎んでいく。まあ、ベッラがおひとりさまでない、というのはよくある事だ。おしあわせに、と声に出すことはなく彼は雑踏の中に戻っていった。

 氷雨は、開いているだけになっていた新聞を閉じると腕時計で時間を確認する。ランチタイムもそろそろ終わる時間帯だ。はあ、と彼女は盛大に溜息を吐き出した。


「約束の時間過ぎてるんだけどなー……」


 ぽつり、溢れた言葉は誰に聞かれるわけでもなく喧騒に消えていく。
 世界規模の大作戦に向け、ボンゴレ本部の命令で馬車馬のごとく働き始めて数日が過ぎた。作戦の詳細については、御偉方が頭を悩ませ格闘している最中で、氷雨の主な仕事は伝達係として欧州のあちこちへ東奔西走し、各勢力の戦力確認をすることになっていた。

 それにしても、いくらミルフィオーレが暗躍しているからといって、表社会に紛れて情報交換を行うのが一番安全な方法だというのは未だにしっくり来ない。無論、彼女自身が闇夜に慣れすぎている点は否めないが。
 冷めきったコーヒーを一口飲んで、氷雨は再び新聞を広げる。暫く待っても来なかったら連絡しよう、面倒だけど。己の一存でこの場を離れるわけにもいかない、とちょうどいい理由を付けて、彼女は穏やかな昼下がりをもう少しだけ甘受することにした。
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