第6章 【04-前編】零時の鐘が鳴るまで
そんなことよりも、己の背中に改めて回される細腕がぎゅうと抱きついてくる事のほうが、彼にとっては重要だ。
相も変わらず、なんでもそつなくこなす癖にこういう時ばかり不器用な彼女にいっそ笑えてくる。
「ししっ。逆だっつの、甘えてくんのが遅いんだよ」
「だって、そんな状況じゃなかったし……今もだけど……」
「ばーか、こんな状況だからだろーが」
ボンゴレ本部陥落。沢田綱吉の死。進行するボンゴレ狩り。加えて、世界規模の反攻作戦の決定。それが氷雨に課す重さを、ベルフェゴールは計れない。
10年前は、あたりまえのように隣にいて、同じようにヴァリアー幹部の肩書きを背負っているだけだった。けれど、今は違う。あたりまえのように隣にいるために、彼女が決めた覚悟とその代償を、ベルフェゴールは時折疎ましく感じる。――本当に、このまま攫って閉じ込めてしまおうかと思うくらいには。
ベルフェゴールは、氷雨の黒髪をくしゃりと撫でた。
「一週間、ずっとこっちにいるわけじゃねーんだろ」
「う、うん。もちろん」
「じゃ、待っててやる。しょーがねーから」
「ベル……」
「さっさと帰ってこなかったら殺す」
「それもう私に選択肢ないよね?」
途中までいい話だったのに!とぶつくさ言い始める氷雨の声音は、彼が良く知っているものだった。
ベルフェゴールは満足そうに笑うと、抱きしめていた腕を解いて、離れ際に彼女の額に口付けた。氷雨は目を見張る。彼女が手を伸ばすよりも早く、ベルフェゴールが彼女の額を軽くはたいた。
「痛っ」
「ほら、もう行け。やることやってすぐ戻ってこい」
「か、簡単に言うんだからもう……」
氷雨は改めて己の額を擦りながら、男に背を向けると正門へと続く階段を再び上り始める。数段上ったところで、おもむろに彼女は振り返った。そして、とびきりの笑顔をベルフェゴールに向ける。
「いってきます、ベル!」
「……ハイハイ、いってら」
彼が言葉をなくしたのは一瞬のこと、気のない返答とともにベルフェゴールも彼女へ背を向けると、今度こそ車へと乗り込んだ。