第6章 【04-前編】零時の鐘が鳴るまで
数時間後、氷雨の訴えが実ったお陰かはともかくとして、二人は無事にボンゴレ本部がアジトとしている第三邸へとたどり着いた。もうすっかり日が暮れている。
正門の前に停車して、二人は車を降りた。
「送ってくれてありがとう、ベル」
「おー」
ベルフェゴールは、ひらひらと片手を振っている。
本当に攫われたらどうしよう、なんて考えていた自分を彼女は恥じた。さすがの彼でもこの状況で、そんな行動に走るはずがない。よくよく考えなくともわかる話だ。
ツキリと、胸の奥が少しだけ痛んだような気がした。氷雨は、ぎゅっと拳を握りしめる。
助手席側から運転席側に回って、ベルフェゴールへ礼を述べ、彼に背を向けて正門へと続く階段を登る。その一連の流れに不自然な点はない。氷雨は立ち止まって振り返る。ベルフェゴールは、不思議そうな顔をして首を傾げた。
「い、いってきます」
「ああ、じゃーオレ帰るね」
なんなんだ?と思いつつ、ベルフェゴールは背を向ける。
氷雨は動き出せなかった。胸の奥の痛みが徐々にはっきりしてくる。その理由に思い当たる節はあって、それでもなお彼女は行動することができなかった。
昨日、ルッスーリアと似合わないコイバナなんかをしてしまったからだろうか。サイドテーブルに置かれたドーナツも、車の前で吐き捨てられた悪態も、いま目の前にある後ろ姿も、彼女には全部が"キラキラ"しているように思えた。彼は自分のやりたいようにしか行動しないから、時折見落としてしまいそうになる。ベルフェゴールの優しさは、いつだって真っ直ぐすぎた。
『ベルちゃんも氷雨ちゃんも、変なところで不器用よね』
氷雨は、ルッスーリアの言葉を思い出す。もしかしたら彼が素直すぎるのとは対称的に、自分は屈折しすぎているのかもしれなかった。
だから、ほら、そうだ。ーーたまには素直になったって、バチは当たらないと思っておこう。
氷雨は、階段を駆け下りる。馬鹿なことをしているなと心の何処かで思いながら、それ以上に己を突き動かす想いを感じながら。そうして、車に乗り込もうとしていたベルフェゴールの背に思いきり抱きついた。