第6章 【04-前編】零時の鐘が鳴るまで
身支度を整えた氷雨は、一時ヴァリアーを離れる旨を報告するべくボス・XANXUSの部屋へと向かった。部屋の前で足を止め、一度深呼吸をする。よし、と自身に勢いをつけて扉をノックすると、不機嫌そうな声音で「入れ」と中から承諾を得た。
「失礼します、ボス」
「おまえか。何の用だ」
「先程、ボンゴレ本部より招集がかかりました。行って参ります」
豪奢な椅子に深く腰掛けたXANXUSは、彼女に目をくれる様子もなく、グラスに注がれたウィスキーを見つめていた。沈黙が訪れる。
てっきり勝手にしろと言われるかと思っていた氷雨は、たじろいでしまう。
「7日後までには戻せ、と伝えろ」
「えっ」
「でなければ、次に会った時におまえを消す」
「はい!?」
なんでそうなる!?と彼女はツッコミを入れたかったが、すんでのところで呑み込んだ。確かに、ボンゴレだけでなくヴァリアーも圧倒的な人員不足である。戦闘能力では他の幹部に全く歯が立たないが、こと支援能力においては自分も多少は役に立つであろうとは自負しているーーとはいえ、戻ってくるように言われた程度で、かのXANXUSに認めて貰えたとは思うのは自惚れが過ぎるだろうか。
それでも氷雨は、緩みそうになる表情を引き締めるので必死だった。
「善処します。まだ死にたくありませんので」
「………ああ」
XANXUSは、くるりと椅子を回して彼女へ背を向けた。これ以上話すことはない、というポーズである。
氷雨は「失礼しました」と頭を下げて彼の部屋を出た。後ろ手に扉を閉めて、ようやく表情が緩む。ボスに目を掛けてもらえたのは久方ぶりだ。
ーー私も、もう他人事じゃないよなあ。
氷雨は改めて思う。
己の大空はボンゴレX世であるべきだ。今だってヴァリアーに籍を置いているのは、ボンゴレX世の命令に他ならない。そうやって、この10年の間、何度も言い聞かせてきた。
けれどもボスは、XANXUSは、このヴァリアーにおいて一片の曇りもなく大空そのものだった。
たった数ヶ月ではわからなかったそれが、今では痛いほどわかる。
「ボスと争う日が、来ませんように」
そのときの自分がどちらを選ぶかなんてわかりきっているから。
ぽつりと祈りの言葉を零すことしか彼女には出来ない。