第6章 【04-前編】零時の鐘が鳴るまで
男はようやく息が出来るようになったかのようにゼーハーと荒い呼吸を始めると、視線を地面に落として項垂れた。助かった。助かったんだ。それだけしか今は考えられなかった。
だから、彼は気付けなかった。コツコツと響いていたヒールの音がいつのまにか聞こえなくなっていたことに。
「え?」
音は無かった。ただ落とした視線の先、身に纏っている真っさらな白衣が見る見るうちに赤く染まっていく様がスローモーションのように見えた。
顔を上げる。銃口はたしかにこちらを向いていた。
銃を構える女は、無表情だった。愉悦も罪悪感もなにもかもの感情がそこには存在しなかった。
ゲフ、とえずいて男は気管に溜まった血液を吐き出した。遅れて痛みがやってくる。なんで。どうして。
「残念でしたね。私じゃなくてベルだったら見逃してくれたかもしれないのに」
まるで、くじ引きに外れたかのような軽い口振りだった。彼女がもう一度引金をひくと、腹部に新たな赤い染みが広がっていく。
男は、どさりと横に倒れる。何度も血を吐き出しながら血走った眼で女を見上げた。
「この……悪魔、め………っ」
三度目の引金がひかれて、それきり男は動かなくなった。
氷雨は、耳元の無線に手を当てて口を開く。
「ベル、終わったよ。引き上げよう」
『りょーかい、と言いたいところなんだけど……』
「どうかした?」
『どーかっていうか……ちょっとね、派手に遊びすぎちゃったみたい、ししっ』
その笑い声で氷雨は全てを察した。僅かに眉を顰め、諦めたように息を吐き出す。
「今どこ?」
『4階のK-7エリア』
「3分で行く」
『おー』
通信を切る。氷雨は、コンピュータルームを後にした。